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2004.01.25

綿矢りさ『蹴りたい背中』(河出書房新社)

史上最年少で芥川賞(第130回)を受賞した19歳の現役大学生の作品である。

同年代の人間にうち解けられない女子高校生ハツと、二流モデル「オリチャン」に入れあげているオタク男子高校生にな川は、入学早々にクラスの余り者としての立場を確立している。かつて「オリチャン」に会ったことのあるハツは、必然的ににな川からマークされる存在となるが、二人の間に恋愛感情が湧きあがることはない。当初、にな川にとってのハツは、「オリチャン」に通じるためのトンネルでしかない。いわばシャーマン的存在である。旅行をする人は温泉や豪華な料理に関心はあっても、途中のトンネルにはほとんど何も感じない。そこを通り抜けなければ目的地へたどり着けないという実用的な一点でのみ、その存在は肯定される。一方、ハツにとってもにな川は単なるモデルオタクであり、彼に対する唯一絶対の感情といえば、「背中を蹴り上げたくなる」というわけのわからない激情のみである。これが「頬を張りたくなる」とか「腹に蹴りを入れたくなる」ではなく、あくまでも対象の後方から攻撃を加えるところに注目したいと思う。決してハツは面と向き合って、何かを訴えたいのではない。それは一種の確認作業である。そもそも「背中を蹴りたい」感情の原因は、にな川の「私を人間とも思っていないような冷たい目」であったことは、先に述べたハツ=シャーマン=トンネルとしたことと合致するであろう。にな川はハツをシャーマンとすることで、空疎な自らの中身を満たすことができる。ハツはにな川の要求に応えることで、希薄な存在感を強固なものに変えることができる。互いの存在により自らが生きる。ここには見つめ合って愛(もしくは二人の感情)を語る伝統的な熱い男女関係はない。

それでも私は『蹴りたい背中』は紛れもない恋愛小説であると思う。小説のラストで、ついに「オリチャン」に会いながら、これまでで最も遠い距離感を感じたとハツに告白するにな川。つまりハツを介さない「オリチャン」は希薄な存在でしかなかったのである。シャーマン・ハツの存在を意識しないわけにはいかないだろう。そんなにな川を「いためつけたい。蹴りたい。愛しさよりも、もっと強い気持ちで」と感じるハツ。ハツもまたにな川をこれまで以上に確固たる存在として意識しているのは言うまでもない。

恋愛を描かない恋愛小説というのがあってもいいと思う。

#とはいえ、この小説がなぜ芥川賞を取るのかという疑問を持つ人も多くいると思われる。さらっとうまいけど、それだけと言われれば、「そうかも」とつい答えてしまいそうな内容と文章でもあるから。

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コメント

あまりうまいまとめ方ではないのでお恥ずかしい……。またお読みになってみて下さい。娯楽は自分がどう感じるかが第一ですから。とりあえず私は彼女のデビュー作も読んでおこうと思っています。

写真展ですか、いいですね。よい出来になっていることをお祈りします。近くなら見に行けるんですが。残念です。

遅ればせながらし〜やもんさんのところを、リンクに入れさせていただきました。これからもblog/fotologともども、よろしくお願いします。

投稿: morio0101 | 2004.01.26 19:09

感想、楽しみにしていたので、
早速一気読みしました。
本を読まなくても内容バッチリ!ってなくらい
完璧なあらすじと内容で、恐れ入りましたって感じです。
文庫本になるか、その前に図書館で借りて読みたいな。
でも、私も本棚に読みたいけどまだ読んでない本が並んでいるので、
まずはそっちを制覇せねば。

ところで、話が変わって写真の話になりますが、
2月、写真やさんのギャラリーで開かれる写真展に
半切カラーを1枚展示することになりました。
今日夕方、現像お願いしていた作品が完成する予定なので
どきどき、でも楽しみです。

投稿: し~やもん | 2004.01.26 09:53

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