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2004.01.25

川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)

思えば川上弘美の描く世界もずいぶん真っ当なものになってしまった。初期の非現実的な「不思議ちゃん」系の物語は、最近ではほとんど描かれることがない。この小説もニシノユキヒコという一人の男性を巡る現実的な恋愛物語を描いている。

ただしニシノユキヒコは主人公であって主人公ではない。すなわち主体的な一人称視点によるストーリーテラーの立場を得られず、彼は徹底的に第三者から見られ感じられ語られるだけなのである。交情のあった10人の女性との関係が、すべて女性の側から描出される。思い起こされるのは芥川龍之介の『藪の中』である。同じものを見ているはずなのに、証言の集積はなぜか真実という一つの焦点を結ぶことがない。そういう点では、源氏物語の主人公、光源氏のことを思い起こすのもよいだろう。彼もまた局面に応じた描かれ方をしており、全体的に見た場合、矛盾を感じる点が少なくないのであった。

女性に対して優しく、見め形もよい。性的な能力も問題なし。しかし、最後には必ず女に去られてしまう。その部分だけは全編にわたり揺るぎなく印象づけられるものの、ではニシノユキヒコとはどういう人物であったかというと、これがほとんど確固たる人間像として立ち上がってこないのである。これがこの小説にとって欠点でないことは明白であり、それこそが川上の狙いであったと言えるだろう。現実世界でも「私はこういう人物です」と自らを分析して語ることはまずない。たいていは、つきあいのある他人の印象の集積が、知らぬ間に「私という人間」となって一人歩きするのだ!

さらりと読み終えた作品だけれど、読後にはいろいろと考えさせられた。私って、どんな人間なのだろう?

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ニシノユキヒコの恋と冒険 川上弘美さんの作品です。 「恋」と「冒険」〜〜?と 少し、ぎょっとしたけど この本、よかったです。 ニシノという男と... [続きを読む]

受信: 2004.04.14 21:14

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