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2004.03.05

二つの王朝日記文学

2003年末に角川文庫から刊行された近藤みゆき遍『和泉式部日記』と原岡文子編『更級日記』を早く買わなくては思いながら、もう春になってしまった。忘れるつもりはなかったが、実際は忘れていた。ようやく書店で見かけて思い出し、手に入れることができた。

これまでの文庫版の古典文学作品は、功なした大家が蘊蓄を語りながらおおらかに編み上げているのが大半であるが、この二書に関しては最前線で研究活動を続けている学者によるものなので、とても期待していたのである(なら早く買えという感じ……)。

とりわけ国語学を専門とする近藤によって訳注と解説を付された『和泉式部日記』は、新しい知見に満ちており、読み応えがある。たとえば、これまで物語的とされてきたこの日記であるが、そこに使用される「語りの助動詞」は、物語であることを特徴づける「けり」ではなく「たり」であるという指摘には、目から鱗が落ちた。

すなわち「たり」で語られる過去とは、その時の出来事が、現在の「私」(=出来事の体験者、あるいは語り手)にまで継続的な影響を及ぼし、その結果として現在の「私」があるという意味をあらわすものに他ならないのである。客観的・非体験の過去をあらわす「けり」ではなく、現在の「私」と関わりを持つ過去を意味する助動詞「たり」とは、日記文学という「私」の過去を語る叙述になんとふさわしいものであろうか。(解説、208頁)

近年の文法研究では「たり」が単純な完了や継続を表すだけではなく、現在と何らかの関わりを持つ過去を表すパーフェクト的な性質を持っているものであるとされている。そうした新しい研究動向を踏まえた解説なので、たいへん説得力があり首肯される。とはいえ、廉価で手に入る文庫本である。小難しいことばかりが書かれているわけではない。底本にも最善本とされる宮内庁書陵部蔵本が使われている。古典に興味のある人にぜひお薦めしたい一冊である。

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