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2004.04.29

ポラロイド針穴はこうなった 続

躑躅 【躑躅】(手持ち3秒[心の時計]、現像120秒)

世界ピンホール写真デーにはこの躑躅の写真を送った。暗いし手ブレも酷いけれど、なんだかじっと見ているうちに、気持ちよく感じられたからである。大いなる自己満足と倒錯の世界(笑)。

それにしても、世界の針穴写真愛好家の作品のすばらしさは筆舌に尽くしがたい。一挙に見られる幸せを噛み締めながら、日々増えていく投稿作品を楽しんでいる。ちなみに「Japan」で絞り込むと、らいださん、私、mi4koさんのが並んでいる :D

追記:世界ピンホール写真デー「Japan」編の2頁目、私の上にはtearoomさん、mi4koさんのあと、一つ飛ばして、きまたさんとkudar!さん、weblog244さん、しきはんさんのが続いている。ささ、Fotologgerで針穴アーティストの皆様、どんどんアップしてこのページ以下を埋め尽くしましょう。

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2004.04.27

ヴォーリズの建物が解体される

大阪の伝統ある女子校として知られるプール学院中学・高校の校舎と礼拝堂が、老朽化を理由に取り壊されるという。

これだけならどこにでもある話であるが、プール学院の両建物は昭和初期にアメリカの建築家ヴォーリズによって設計、建築されたものなのである。滋賀県豊郷町の豊郷小学校校舎の前年に建てられた、当時としては最先端の鉄筋コンクリート3階建ての校舎であり、ヴォーリズの学校建築としては関西学院大学や神戸女学院と並ぶ代表作とのこと。礼拝堂の様式もヴォーリズお得意のスペイン風でとても洒落ている。

地震対策にかかる費用のことや、現在の情報化時代にそぐわない建物ということもあるようだが、全面建て替えで失うものの大きさも考えに入れて、何とか貴重な昭和初期の建築物を残していくことは考えられないのだろうか(もちろん何でもかんでも残せというのではない)。大阪からまた一つ貴重な近代建築が失われる。

梅田換気塔
村野藤吾作「梅田換気塔」 村野の代表作である「心斎橋そごう」も消えた……。

現在拙写真ブログphoto 1/365では、村野藤吾作の新歌舞伎座や、ヴォーリズ作の日本基督教団大阪教会(1921年)の写真を掲載している。あわせて御覧いただければ幸いである。

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2004.04.26

ポラロイド針穴はこうなった

先のエントリーで書いたように、4月25日は世界ピンホール写真デーだった。いつも使っている35ミリ・フィルム用のZERO IMAGEや学研「大人の科学」針穴ではなく、新しく手に入れたポラロイド・ピンホール80で参加しようと思った。何と言っても正方形の写真が新鮮だ。しかし、これが悪戦苦闘でなかなか思ったような写真ができない。最初についてきたフィルムパックでいきなり参加しようとするのは無謀である(何を今さら!)。いつもは通用する「心の時計」作戦がことごとく失敗する。1秒の露光の違いで明るさや色が全然違うし、撮影後の現像待ち時間の長短でも、できあがりにはかなりの違いがあるようである。

ポスト木
左:手持ち3秒(心の時計、以下同)、現像120秒 右:地面仰向け5秒、現像100秒

建物躑躅

左:手持ち3秒、現像90秒 右:手持ち3秒、現像90秒

しかし、もう25日は終わってしまった。仕方がないので、上の4枚から選んで送ろうと思っている。うまい加減を見つけるためには数をこなすしかない。いや、その前にきちんと時計を使って撮影時間を計るべきか(情けなや……)。

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2004.04.25

CASSHERN

竜の子プロ制作の原作アニメ「新造人間キャシャーン」は見たことがない。名前だけは知っていた。思い入れや設定などの予備知識がない分、先入観や偏見抜きで観ることができた。それがかえってよかったのかもしれない。いい意味で裏切られた思いがする。2時間20分という長い映画だが、最後まで飽きずにおもしろく観た。ただ観客を選ぶ映画だとも思う。

50年にも及ぶ世界規模の大戦争の後、地球上のすべてのものは絶滅の危機に瀕していた。放射能やウイルスに冒され、細菌兵器や化学兵器による公害などによって荒れ果てた大地では、互いに信じられなくなった人々が尽きることのない争いを繰り広げている。そうした状況の中、人類が生き延びる方法を提唱した人物がいた。人間のあらゆる部位を自在に生み出す新造細胞理論を唱える東博士(寺尾聡)その人であった。博士の理論は軍の援助により研究が開始されるものの、やがてそこから恐るべき新造人間が誕生する。自分たちの手によって生み出したものによって、人類はいよいよ滅ぼされようとする。その時、最後の光として現れたのは東博士の一人息子、東鉄也(伊勢谷友介)であった。彼は戦死した後、新造人間として蘇った。しかし、鉄也は父に反発心しか持っていなかったのである。キャシャーンを名告る鉄也の選択する生き方はいかなるものか。

単なる勧善懲悪ものではない。映画では正しさは一つではないことが何度も繰り返し語られる。それは昨今の世界情勢を踏まえてのことかもしれない。それぞれが自らの正しさを大義名分に、終わりのない戦いを続ける。キャシャーンが人間の側につくか、新造人間の側につくか、物語の中でははっきり決着はついていない。彼は時々にそれぞれと戦う。正義感などはどこにもない。その刹那、置かれている状況を解決する方途を選ぶだけである。ある人の思いを叶えると別の人は不幸になる。シンプルだが残酷なまでの現実を、キャシャーンの逡巡する姿から観客は感じ取ることになる。

宇多田ヒカルの歌うテーマ曲には「みんなの願いは同時には叶わない」という歌詞がある。辛い。

鉄也の恋人役上月ルナを演じる麻生久美子は神々しいまでに美しい。唐沢寿明をボスとする新造人間軍団の各キャラも個性が明快で際立っている。特徴的な画面作り(ほとんど荒廃したシーンばかり、色は厚く濃く深い、光の滲んだような映像が多い)も、私は美しいと思った。「エヴァンゲリオン」の影響が大きいとする映画評もあるが、私はそれも知らないので、何とも言えない。音楽はクラシック、ロックが中心で、鳴りやむ時がない。画面とよく合っていた。パンフレットは三分冊になったものがケースにまとめられるという凝ったものである(900円は高いけど)。紀里谷和明監督から「宇多田ヒカルの夫」という肩書きをひとまずはずしてもいいかと思った。ワーナーマイカルシネマズ茨木で鑑賞。公開初日、夕食時の回でほぼ満席。「CASSHERN」公式サイト

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2004.04.24

マンガやアニメの実写化

先月終了したドラマ「エースをねらえ!」(テレビ朝日系)の原作は、周知の通り山本鈴美香のマンガである。それが1970年代にアニメ化されヒットした。そして今回、テレビ朝日の開局45周年記念番組として実写化されたのであった。懐かしさを感じる私は夢中で見てしまった。

かつての名作アニメやマンガを実写化するというのは、どうやら今年の流行のようで、キャシャーンキューティーハニーデビルマン鉄人28号忍者ハットリくんと、公開を待つ作品が目白押しである。どれも単なる懐古趣味、特撮自慢、話題先行を狙っての実写化ではなく、力のある俳優を起用して映画としてきちんと立ち上げようとしているように見受けられる。

しかしながら、この流れは新たに魅力的な物語を生み出せなくなったために、かつての宝の山から使えそうなものを掘り返してきたというのが実情ではないのか。営利を目的とする業界にとっては是であろうが、どことなく強い閉塞感が漂っているように思えて仕方がない。実際に音楽・映像関係の店に足を運ぶと、過去のアニメや懐かしドラマの販売スペースが圧倒的に広いことに気づかされる。それだけ商売になるのであろう。ただブランド化されたいにしえの宝の山もいつかは尽き果てる。同じことを続けていれば、明るい未来はありえない(凡庸でつまらないことを書いてるなぁ……)。

とはいえ、公開されればおそらく観てしまうのだ。

さて本題。なぜ今日こういうエントリーを書いたのかと白状すると、劇場公開された2月に見逃していた実写版けっこう仮面を、レンタル店で借りてきて観たからである。覆面だけ着用して、あとは全裸というヒロインが活躍する作品である。よくもまぁ実写化できたものだと感心するが、「ああ、けっこう」なんて感想を書くと、とんでもないことになりそうで恐ろしい……。とにかく、1970年代〜80年代に少年時代を過ごしたものには、「ハレンチ学園」とともに甘酸っぱい作品なのであった。

まずは麻生久美子の出るキャシャーンを見に行こう。紀里谷監督ははたしてこの作品で「宇多田ヒカルの夫」という肩書きをはずせるかどうか。あとは洋画でサンダーバードの実写版も夏に公開されることを言い添えておく。

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2004.04.22

新しい自転車雑誌「のろ〜な」が創刊

「大阪の自転車好きが編集・発行する」というふれ込みの新しい雑誌「のろ〜な」が創刊された。昨冬に刊行されることがいくつかの自転車サイトで報じられていて、楽しみにしていた雑誌である(とはいうものの、実はほとんど忘れていた)。今日、近所の田村書店に並べられているのに気が付いて、さっそく買ってきた。

「自転車生活再発見」という特集が組まれており、自転車散歩や商店街巡り、ツーキニスト(このことば、嫌い)紹介、自転車ファッション、サイクリングロード、自転車のマナーとルールなど、盛りだくさんの記事が並んでいる。創刊号らしいバラエティに富んだ内容で、しかも大阪発信の雑誌なので、「あー、この人知ってる」という楽しみ方もできる。ただ扱っている題材の掘り下げ方がいまひとつで、総花的な印象は否めない。それぞれの記事に読み応えがないのは残念である(街で見かけるフリーペーパーの文章を読まされている感じ)。あえて悪口を言えば、超薄味の「大阪人」とでも言えばいいだろうか。このあたりは大阪の文化や歴史に造詣が深く、かつ文章力、企画力、構成力のある人にどんどん参加してもらうことで解決していくだろう。

こうした大阪に密着したいい意味での泥臭い自転車雑誌は他にはない。個性を発揮して充実と発展を期待したいと思う。今は創刊されたことを喜びたい。(のろ〜なくらぶ、480円)

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2004.04.21

4月25日は世界ピンホール写真デー

針穴写真好きには見逃せないイベントが近づいている。その名もズバリ世界ピンホール写真デー(Worldwide Pinhole Photography Day)である。今年で第4回目を迎える。

毎年4月の最終日曜日に催されるこのイベント、参加資格などはいっさいない。ピンホールカメラの種類も問わない。自作でもよし、市販品もよし。とにかく、この日に撮影したピンホール写真を後日登録用サイトにアップロードし、それを世界中の針穴写真愛好家とともに楽しむという、実にお気楽なイベントなのである。また当日は世界中でピンホールカメラを対象としたワークショップ、展示会、講演、集会などのさまざまな催しも開かれるという。

世界のどこかにいる針穴写真愛好家とのつながりを強く感じることのできるこの日。彼らが自分と同じように好きな風景をピンホールに流し込んでいると思うだけで、何かあたたかいものを感じる。学研の「大人の科学」ピンホールカメラを買った皆さん、一緒に参加してみませんか?

portrait 【大阪城の似顔絵描き】 描かれる人だけはじっと動かず……。

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2004.04.20

今日のこと

アクロスとポラフィルムと「アサヒカメラ」もはや真夏か。汗で体にまとわりつくパジャマが鬱陶しい。仕事の行き帰りに読もうと思い、昨日買った「アサヒカメラ」5月号を鞄に入れたら、ずっしりと重くなって朝から嫌な気分になった。表紙は八百屋で買い物をする奥さんに扮する澤田知子である。ああ(なぜかため息)。

おもしろおかしく仕事をこなした後、帰りに日本橋の某カメラ店であれやこれやを眺めていたら、目に毒なものを大量に発見してしまい、精神衛生上よくない状態となる。気持ちを落ち着かせるため、千日前のジュンク堂書店に赴く。蜷川実花の写真集を立ち読みする。原色の世界がよけいに目をクラクラさせる。結局、高揚した気分のままGR1vで意味もなくミナミの写真を撮りまくる。できあがりには期待できそうもない。

その足で心斎橋方面に向かう。グリコ・ランナーを見て少し和む。心斎橋筋ではFM3Aを買った某カメラ店に立ち寄る。またしても精神衛生上よくない状態となる。這々の体で逃げ出した。先週ピンホールカメラを買った店で、モノクロフィルム(アクロス)とポラロイドフィルム(84)を買う。妙に人の少ないクリスタ長堀を東に向かって歩き、地下鉄堺筋線に乗って帰ってきた。単なる荷物にしたくなかったので、車中で「アサヒカメラ」を一生懸命読む。眠くなったが、澤田知子のインタビュー中の「写真の中の自分はかわいい! と気づいたんです」のコメントで目が覚めた。ああ(またしてもため息)。

明日も明後日も暑いとのこと。もう「アサヒカメラ」は持っていかない。

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2004.04.19

ミュージックフェアに出演する四季

劇団四季の会員誌「ラ・アルプ」の増刊号が届いた。見ると、フジテレビ系で放映されている「ミュージックフェア21」に、ヒットミュージカルのテーマ曲をひっさげて登場するとある。しかもそれぞれの主力キャストがそのまま出演する。出し惜しみをしていない豪華ラインナップである。惜しむらくは舞台装置がないことだが、これは無いものねだりであろう。見逃せない。備忘録代わりにここに記しておく。関心のある方はぜひ御覧いただきたい。

■4月24日(土)
『ライオンキング』 「サークル・オブ・ライフ」
『美女と野獣』 「愛せぬならば」「美女と野獣」
『アイーダ』 「迷いつつ」
『オペラ座の怪人』 「オペラ座の怪人」
『アスペクツ・オブ・ラブ』 「恋のさだめは」
『キャッツ』 「メモリー」
『ジーザス・クライスト・スーパースター』 「スーパースター」

■5月1日(土)
『マンマ・ミーア!』 「マンマ・ミーア」
『クレイジー・フォー・ユー』 「I got rhythm」「Someone to watch over me」
『コンタクト』 「Sing Sing Sing」
『夢から醒めた夢』 「二人の世界」
『ユタと不思議な仲間たち』 「友だちはいいもんだ」
『異国の丘』 「明日への祈り」
『李香蘭』 「夜来香」
『マンマ・ミーア!』 「サンキュー・フォー・ザ・ミュージック」「ダンシング・クイーン」

■出演
坂本里咲・柳瀬大輔・濱田めぐみ・阿久津陽一郎・石丸幹二・高倉惠美・坂田加奈子・保坂知寿・前田美波里・加藤敬二・高久舞・樋口麻美・木村花代・光枝明彦・下村尊則・野村怜子・芝清道 他

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2004.04.18

川内倫子『アイーラ』(リトル・モア)

ハードカバーの装丁は蛇皮のような箔押しでとても立派である。176ページの重量感。紙質もよい。それでいて3800円という写真集としては極めて廉価な価格がついている。相当な売れ行きを感じさせる川内倫子の新作『アイーラ』

『アイーラ』にはさまざまな動植物の生と死が収められている。一枚一枚の写真は、常識的な意味での美しさを提示するために置かれているのではない。無秩序に選択され配置されたかのようなイメージの連鎖を見ているうちに、この混沌とした生と死のありようは、まさに私たちが日々向き合っている世界そのものであるということに思い至る。

明滅しながらたゆたう蛍、逆巻く海原、朝露に濡れるサツキの花弁、空を行く星、無数の空蝉、跳ねるクジラの尾、グランドキャニオンの虹、干からびた海亀の子、噴煙煙る火口、回遊する小魚、象の足跡、思慮深い白フクロウの黒目、砕け散ったガラスコップ、笑う山羊、母親の胎内から今まさに生まれ落ちようとする胎児……。

生と死の境界は曖昧だが厳然としてある。すべてのものは静かに訪れ、静かに存在し、静かに去る。そのことを深く思う。木村伊兵衛写真賞を受賞した『うたかた』『花火』よりもはっきりしたテーマや創作意図を読み取ることができる。「諸行無常」という誰もが知る手垢の付いたことばに、今さらながら力を感じた。

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2004.04.17

小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』(新潮文庫)

帯に踊る「大ベストセラーを記録したデビュー作、ついに文庫化!」という宣伝文句にピンとこないほど、小林紀晴という写真家について知るところはない。もちろんどんな写真を撮って、どういう評価を受けているかも知らない。ただある時には著述家以上に巧みにことばを操る写真家の存在もあるので(たとえば敬愛する森山大道がそうだ)、この「ベストセラー・ノンフィクション」(やはり帯にこうある)を読んでみた。

小林はもともと新聞社のカメラマンであったらしい。3年半勤めた後、あまりにも安定志向の現状を厭って捨て去り、カメラとフィルムを携えて主に南アジアから西アジアの国々を巡ったという。その旅の中で出会った日本人に取材しポートレイトを撮影する。本書はその記録をまとめたものである。ここには実にさまざまな「種類」の日本人が登場する。

小林が取り上げる日本人は、単なる観光目的でかの地を訪れているわけではない。何らかの強い思いを抱いて、もしくはのっぴきならない事情から立ち離れるために、日本を飛び出している人がほとんどである。「新しい自分を探す」「日々との戦い」「とりあえず何かしたい」……。それは取材される側だけではなく、取材する小林自身の問題でもあった。そして日本での生活に安閑としている狭小な私には、その熱く深い思いに居心地の悪さを感じる。憧れはない。

「嫌だったら、逃げればいいんだ!」という、本音とも建て前とも判断しにくいことばに裏打ちされる海外渡航の正体はいかなるものなのか。ドラマチックな海外での非日常的生活によって育まれた彼らの心は、その後いかなる行動や判断(すなわち生活)を生み出していっているのだろうか。ノンフィクションというには少々演出が過ぎる文章に軽い苛立ちを覚えながら、海外に行けば何かがあるのだとする人々への拭い去りがたい違和感について、あらためて考えさせられた。

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2004.04.15

町田康『きれぎれ』(文春文庫)

町田康の作品が好きでそれなりに読んでいるのに、芥川賞を受賞したこの小説は手にしていなかった。なぜなのか、今となっては思い出せない。おおかた単行本を買うのがもったいないというケチな気持ちになったのだろう。そうこうするうちに、こうして文庫本で読めるようになった。ありがたいことである。

『きれぎれ』はデビュー作である『くっすん大黒』から一貫して続くスタイルを踏襲している。すなわち自己中心的で無能な若い男が主人公として据え置かれる。男はかつては裕福な生活を享受していたが、今ではすべてを失い貧窮を極めている。それもこれも奇跡的なまでに空気が読めない彼の性格が災いしているのである。起死回生を狙った手はことごとく裏目に出、ますます窮地に追い込まれるという堂々巡りを果てしなく続ける。破滅的な人生を送っているのに、悲劇や絶望とは無縁である。こうした男の生活と行動と心理を、町田は脳内からあふれ出るに任せたかのようなことばの渦で描写する。ユーモアとリズムに満ちた文章に身を浸していると、他の小説では決して得られない種類の、えも言われぬ快感に襲われる。

気持ちよく読み終えて最後に出会う池澤夏樹の解説がいただけない。すっかり町田康の文体に浸食されている。意識的か、無意識なのか、よくわからないけれど、まるで似合わないことをしていてとても情けない。

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2004.04.13

即席針穴80

ピンホール80とキューピー1発売される前から注目の的になり、誰が買うかと噂されていた一台。すでにtearoomさんが手に入れたという報告をされている。先週末にヨドバシカメラ梅田店で探したものの見つけられずにいた、ポラロイド社の新製品「ピンホール・カメラ80」。今日、仕事帰りに立ち寄った難波のビックカメラにもなかった。こうなると意地である。針穴写真の緩さが好きなのに、そのための道具を血眼になって探すとはこれいかに。

ピンホール80とキューピー2そして心斎橋にあるカメラのナニワでとうとう見つけた。想像していた以上にコンパクトなカメラである。オリーブ色とオレンジ色の2色のうち、オモチャっぽいチープさが魅力的なオレンジ色を選んだ。HIMAWARIと名づけられている。憧れの「真四角な写真」がこれで撮れるかと思うと、自然にキューピーのような顔になって頬が緩んでくる。

ああ、二眼な皆様、しばらくはこれで許して……。デジローライは次の人に任せた。

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2004.04.12

リリイ・シュシュのすべて

岩井俊二監督の「Love Letter」は世評が高く、海外でもファンが多いと聞く。その「Love Letter」を、私は最後まで見ることができなかった。中山美穂が好きでないこともあるが、とにかくべたべたしてつまらないと思った。感動的な退屈さというのはある。しかし、この映画は退屈というわけでもなく、変に情緒的でとにかくつまらなかった。同じ岩井監督の「打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか」は気に入っているので、脚本や俳優に対する私自身の好みの問題だと思う。

「リリイ・シュシュのすべて」(2001年公開)は不快な映画だった。公開当時は14歳の内面を切り取ろうとした問題作だとされていた。中学生の引き起こすいじめ、万引き、ゆすり、たかり、援助交際、レイプ、殺人などの反社会的行動が、次から次へと描き出される(自殺もある)。興味深いのは、主人公を含め登場人物に名前はついているが、特定の誰かの行動や心理を丁寧に追いかけるのではなく、ステレオタイプ化された総体としての「14歳の心理と行動」を提示しようとしていると思われる点である。ここに見られるのはそうした行動に誰でも容易に結びつくという匿名性と普遍性である。それくらい誰がどの行動をしてもおかしくないように描かれている。ところが、誰のものにでもなりえる内面や行動そのものがクローズアップされるため、特定の人物の個性がまったく感じられない。したがって個への共感も感情移入もできない。私が最後まで登場人物の顔と名前をうまく一致させられなかったのは、単に脳細胞が衰えてきたためだけではないと信じたい。最後に残るのは、砂を噛むような味気なさと重くのしかかる不快感だけである。そこらに転がっていそうな常識的な解釈を施された「総体としての14歳」に物珍しさはなく、特別な感情も湧いてこない。

もちろん制作側の意図が奈辺にあるかはうかがい知れない。以上はあくまでも享受する側の一解釈である。それにしてもなぜこういう映画を作ったのだろうか。優れて美しくセンスのよい映像(印象的な場面が多い)と心に染み入る音楽(ただしドビュッシーだけ、架空の歌手リリイ・シュシュの音楽はおもしろくない)を持ちながら、肝心の脚本と描写には絶望的なまでに映画としての訴求力を欠いている。けだし、岩井監督はたまたま14歳を題材に選んだだけで、それを主題化するつもりなどないのではないだろうか。被写体や作品世界そのものへの慈しむような愛の感じられない「リリイ・シュシュのすべて」は、五感に訴える部分には優れていても、作品としては魅力のない映画にしかなりえないと思う。

言わずもがなの追記:「Love Letter」よりは好きである。伊藤歩が中学生を演じるのは、当時としてもかなり無理があるのではなかろうか。

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私の最強フィルムの結果その2

atcyさんの最強のフィルムの話実践編第2弾は、私のメインカメラであるリコーGR1vで撮影した写真である。今回使用したのは富士フイルムのリアラエース100で、ISO50に設定して撮影した。

shokaki 【うち捨てられた消化器】
negiyaki 【五条川のねぎ焼屋台】

埃まみれの古ぼけた消化器のくすんだ赤や、屋台の垂れ幕に見える蛍光カラーのような緑と黄色など、いかがであろうか。実は「こんなにどぎつくなってもよいのか」というものもあるのだが、それはまた別に機会にお見せすることにする。続きはphoto 1/365の方で。

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2004.04.10

『言海』が文庫化

国語辞典は楽しい。と書くと、好事家の暇つぶしに聞こえるかもしれない。しかし、たとえば赤瀬川原平『新解さんの謎』(文春文庫)などを読めば、誰しもこれほどおもしろおかしいものであったのかと思わされること、間違いない。

【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。

この奥深さ。特に後半は人生の奥義のようで、実に深淵である。好きだの嫌いだのという上っ面だけを追いかけない記述こそが『新明解国語辞典』の真骨頂である。ちなみに「大陸間弾道ミサイル」の数え方は「一基:一発」だと教えてくれる。

【馬鹿】記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。また、そうとしか言いようの無い人。(中略)「−−[女性語で、相手に甘える時の言い方]」

語釈部分の楽しみもさることながら、用例も興味深い。ここは「バカ、バカ」と繰り返すのであるが、それを女性語とするところがなんとも(私自身はそういう甘え方をされたことはないが)。先の赤瀬川氏はどうせなら「いやん、バカ、バカ」としてほしかったと述べているが、まったくその通りだと思う。

【国賊】体制に対する叛乱を企てたり、国家の大方針と反対したりする、いけない奴。(体制側から言う語)

「いけない奴」なのである。ここまでの引用はすべて第四版を使ったが、第五版では「いけない奴」がいなくなって、かなり寂しい。

『言海』と『新明解国語辞典』こういうことであるから、手元にはいつでも『新明解国語辞典』が取り出せるようにしてあるし、隙があれば味読してしまうということになるのである。さて入学シーズンを迎えた春、こうした近代的な国語辞典はどの書店でも山のように積み上げられている。特殊な用途(用字・用語・類語など)のものを除き、どの辞書を選んでも基本的なスタイルはほぼ同じである。すなわち固有名詞や学術語を中心とせず、一般の語をもっぱら収録する点、そして見出しの配列が部門やジャンルによらず、形態順(五十音順)にする点のことである。日本語を母語とする者にとって、国語辞典といえば疑うことなくこのスタイルだと擦り込まれている。そしてこのスタイルを日本語辞書史上初めて採用したのが、大槻文彦が編纂した『言海』なのであった。

『言海』は明治22年に刊行された。『新明解』ほどの洒落っ気はないものの、それでも記述には渋さやこだわりが十分感じられる。古い辞書ではあるが、かなりの数が出回っていたため、古書店に行けば、手に入れることもできる。ただ一般的には縁遠い存在であろう。その『言海』が文庫化された(ちくま学芸文庫、2200円)。慶事である。ぜひとも手にとって辞書の楽しみを感じてもらいたい。さすがの『新明解』もあっさりした記述に終わる「桜」、その「桜」にこだわり抜く大槻の注釈文を引いて、このエントリーの閉じ目としたい。

【桜】〔木花開耶姫(桜神トス)ノ名ヨリシテ、開耶ノ転カト云、或ハ開麗ノ約カ〕(一)樹ノ名、高サ凡ソ二三丈、皮ニ横理アリ、灰褐紫色ニシテ、光リテ点文アリ、葉ハ、深青ニシテ、鋸歯アリ、清明前後ニ花ヲ開ク、一重アリ、八重アリ、五弁ニシテ、簇リ開ク色、多クハ粉紅ナリ、其艶美ナル、花中ノ第一トシ、花ノ名ヲ専ラニス、殊ニ日本ノ特産ニシテ、外国ニアルヲ見ズ、一重ナルニハ実アリ、さくらんばうトイフ、材の理、密ニシテ、硬、軟、中を得、版木トシテ、最モ良シ、又、皮ヲ裂キテ、わげものヲ綴ヅ。

大槻はきっと桜が大好きだったのだろうな……。

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2004.04.09

今日の自転車散歩

手塗りの真っ赤なビル毛馬閘門近くの街街灯今週末で桜も終わりだろうと思い、BD-1に乗って大川沿いの桜を楽しみながら梅田方面に繰り出すことにした。春真っ盛りの陽気で、もう上着など必要ないほどである。

大川の桜は散り初め。天神橋に近づくに連れて、にわかに人が増えていく。「平日の昼間なのにこの人出はいったい?」と思ったら、有名な造幣局の桜の通り抜けが始まっていたのであった。賑やかな出店もお祭りムードを盛り上げる。もともと人の多いのは苦手なので、大川からはずれて北浜方面に向かう。今秋オープン予定の大阪証券取引所の新しいビルも、その姿をかなりはっきりと見せている。向かいにある北浜レトロは人がいっぱいである。近代建築をいくつか愛でてから、ジュンク堂書店、ヨドバシカメラを冷やかす。買ったのはアグファのフィルム10本のみ。

夕刻、淀川の爽やかな川風に吹かれながら帰ってきた。走行距離約40キロ、心地よい時間であった。写真は毛馬閘門の街灯群と北浜あたりで見つけた真っ赤なペンキ塗りのビル。

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私の最強フィルムの結果

フィルムカメラではほとんどモノクロで写真を撮っている。カラーフィルムを使うと色ばかりが気になって、他のことを考えられなくなるからである。それはもちろん私の力量のなさから来るのは言うまでもない。

そんな折にatcyさんが最強のフィルムの話というエントリーをお書きになった。詳細はそちらにあずけたいが、「懐の深いカラーネガフィルムにはたっぷり光を当てよ!」というご託宣である(間違ってないですよね)。それで私なりに挑戦したのが下の写真である。これは富士フイルムのスペリア・ヴィーナス400をISO200にして撮影している。これまでFM3Aでカラー撮影したものは、破綻はないがおもしろくもないという、実に優等生的な仕上がりであったのに、今回のものは色のノリが明らかに違う(ちなみに同じフィルム)。こうなると、今日できあがってきたGR1vで撮影したカラーネガフィルムの方も期待できそうである。

カラーネガフィルムで撮る楽しみを教えてくださったatcyさんに、心から感謝申し上げる。お礼に何も差し上げられないけれど(笑)。

handrail 【地下鉄の手すり】
yodogawa 【淀川の堤防にて】

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2004.04.07

赤目四十八瀧心中未遂

赤目の滝に落ちたことがある。

小学校六年生の時の林間学校で三重県の赤目に行った。大阪市内からは近鉄電車一本で行けるため、おそらく定番の宿泊地だったのだろう。鬱蒼とした木々と複雑な流れを見せる水の表情が印象に残っている。私はその流れの一つで友達と笹舟を流す遊びをしていた。かなりの速さで流れていく笹舟を岩づたいに追いかけていったところ、急に視界から足場が消え、気がついた時には完全に水中に没していた。しかし、不思議に焦る気持ちはなく、「ああ、落ちた」と思いながら、ゆっくりと浮かび上がり岸の方に流れていった。おそらく落ちた時に打ち所が悪かったり、気を失ったりしたら、かなり危ないことになっていたはずだと、あとから怖くなった。さほど落差の大きくない滝であったことも幸いしたのだろう。本人よりまわりが大騒ぎになったのはもちろんである。

だから今でも赤目と聞くと、あの時のことが鮮明に脳裏によみがえってくる。

この映画の原作となった車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」(文藝春秋)は、1998年に直木賞を受賞している。すでに文庫化もされており、広く知られるところであろう。映画はこの小説のエッセンスをうまく掬い取り、極めて美しい映像と音楽で品格の高い作品となっている。無一文で尼崎にやってきた生島与一(大西滝次郎)は、焼鳥屋の女主人勢子(大楠道代)のもと、日がな一日暗いアパートで臓物捌きをしている。アパートには娼婦や彫り師、やくざらが住み着き、ただならぬ気配である。その中に美しい綾(寺島しのぶ)もいた。生島が尼崎に住んで四か月が過ぎ、もう立ち去らなければならないと予感したその時に、綾との新しい関係が始まる。綾は生島に「うちを連れて逃げて」と言うが……。

この映画では尼崎は現実に対する異界として描かれており、すべての出来事は夢か幻のようなものとして定位できる。主人公である生島は浦島太郎のように竜宮城たる尼崎に流れ着き、やがて乙姫である綾と出会う。リアルな尼崎を描くように見せかけて、実は存在感のない人々が多数登場するのも、そういう結構と関わりがあるのだろう。生島と綾の関係のスリリングな点は、気質の人間と刑務所帰りの兄を持つ人間の出会いにあるのではなく、決して交わることの許されない現実と異界の邂逅にこそ求めるべきである。したがって生島が綾とともに心中し、同じ世界(=死)に住もうとしても、それはもとよりかなえられぬことなのであった。生島が唯一の心の友とするのが国語辞典(『新明解国語辞典』!!)であることも見逃せない。辞書は現実の権化である。綾と逃げようとする時に生島がそれを捨てるのは、実に暗示的な行動であり、また綾が消えた後、手元にそれが戻ってくる(綾の下着は消える)のも同様である。二時間四〇分の長尺だが、漲る緊張感ゆえ決して長さを感じさせない。

この映画の最大の不満は、俳優の話す関西弁の不自然さである。各映画賞で圧勝し、評論家からも高い評価を受けているが、この点について指摘するものはほとんど見ない。しかし、関西弁から遠い相当奇妙なイントネーションで語る彼らの会話に、はなはだしい違和感と座りの悪さを感じた。ましてや、場所が尼崎である、中途半端な標準語など入り込む余地はないであろう。この点が小さくない傷として残る。

美しい赤目に何十年かぶりに訪れたくなった。あの時に薄暗い資料館のようなところで展示されていたオオサンショウウオは、今でも同じ場所で生きているのだろうか。第七藝術劇場で鑑賞。

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2004.04.05

名古屋で花見と激食

新幹線に乗れば1時間で着く距離なのに、仕事絡みで訪れた数回を除き、名古屋にはこれまでほとんど行ったことがなかった。昨年、この地にお住まいのきささん&きさダーさんのお二人と知り合う機会を得、「いずれ名古屋で!」と話をしていた。そして「名古屋の五条川で花見をしませんか?」とお誘いを受けたのが2月のことであった。もちろんミニベロ界きっての「食べ歩き系」であるきさ家のお誘いである、ただの花見ですむはずがない。送られてきた綿密な計画を見ると、それだけでもうお腹一杯になるほどのメニューが、文字通り「てんこ盛り」である。胃腸の調子を整えながら(笑)、当日を楽しみに待った。以下のレポートでは、いたずらに長文になることを避けるため、印象に残ったエピソードを箇条書きに記すことにする。

■参加者(敬称略、括弧内は自転車、一部の方は途中参加途中離脱)
きさ(ベネトン)・きさダー(UGO)・おだあ(トレンクル)・@nak(た)(ブロンプトン)・おのひろき(BFサタデー)・まき(BD-1)・こぐ(BD-1)・hai(パシフィック18)・平野(BD-3)・もり(ブロンプトン)・横井(ケルビム・ウルトラミニ)・ぽた子(BD-3)・ぽた郎(BD-1)・川合・のり・morio0101(BD-1)

■4月3日 晴のち曇
・行きのひかりでのこと。見知らぬ外国人が車両最後部のスペースに収めた私のBD-1を勝手に引きずり出し、自分のスーツケースを入れていたのには閉口した。ぽた郎さんが状況を説明してくれた。きちんと抗議できない貧しすぎる自分の英会話能力をこっそり呪う……。
おのさんのサタデー・今回はBD度が高い。毎度のことながら、変な形の自転車が10台以上連なって走るため、道行く人の注目度は抜群である。おのさんのサタデー大人気(笑)。
・五条川の桜は川に沿って約20kmも続く。圧巻である。これほどまとまった桜の風景は見たことがない。おだあさん、きさ家が絶賛していたのに深く納得する。これだけでも今回の名古屋遠征は大満足である。
五条川沿いを行くミニベロ軍団・花見ポタ途中で食べたもの。昼食は屋台のうどんいももち。せっかくだからと花の写真を撮りまくっていたら、他の人と分け合って食べるタイミングを逃してしまった。ちょっと後悔している。
大口屋麩饅頭桜餅を食べる。特に麩饅頭は絶品。あの柔らかで粘りのある食感には感動させられる。きさ家御用達の自転車店ドバッツで食した桜ロールケーキも、ほんのりした甘さと淡い桜の香りがすばらしい。
ドバッツで自転車談義・晩ご飯は風来坊四軒家店で名物の手羽先を堪能する。甘辛く味付けられた手羽先をこりこりといただく。これも癖になる味で箸が止まらない。みな皿に小骨の山を築く。こぐさんだけは骨が残らない(笑)。その後、酔い覚ましに入った喫茶店(店名失念)のコーヒーケーキも別腹で消え去る。お店の方がとてもよい人だった。

■4月4日 雨のち曇
・あいにくの雨。自転車はホテルに預けたまま、徒歩と電車で激食ツアーを展開する。
・Como Houseでモーニングを食べる。ブレンドコーヒー・ホットサンド・ゆで玉子。ホットサンドはきささんのジャムトーストと半分交換する。名古屋の「モーニング文化」について、きささん、横井さんと論じる(笑)。
・国際センター傍(またもや店名失念……)で天むす(海老)3個を食す。海苔の風味と海老の味わいがいい。
天満屋・大須観音近くの万松庵揚げまん棒を食す。野球ボールほどの揚げまんじゅう(こしあん)。熱々のところをぺろりと平らげた。
・天満屋できしめん定食をいただく。通常のきしめんより幅が広く、ワンタンのような食感である。ボリュームたっぷりで、この日最初の胃袋ピンチ状態になる(笑)。
・松屋で食後のコーヒー
名古屋市市政資料館・きさ家ご推薦のシュークリームトリアノンで食べる。シューのパリパリ感がミルフィーユを思わせる。アップルパイも一口いただく。店構えやディスプレイの脱力感も味わい深い。
名古屋市市政資料館は由緒正しき煉瓦造りの近代建築で、この手のものが好きならば興奮を禁じ得ないスポットだった。手入れが行き届いていて気持ちのよい状態が保たれている。
蓬莱軒のひつまぶし・旧東海道に感激し、七里の渡しを見学した後、伝馬町のあつた蓬莱軒本店(蓬莱陣屋)で憧れのひつまぶしを堪能する。鰻肝わさ鰻巻きもおいしかった。ここで本日2度目の胃袋ピンチ状態になるも、名古屋名物をこれだけ楽しめたことに一人感動する。
・おみやげは名古屋駅で買った当地限定のドラえもんハンカチとキティちゃん携帯ストラップ。

実に濃密な二日間であった。読むだけでお腹一杯になる方もいらっしゃると思うが、名古屋に行く機会があれば、上記スポットやお店に訪れてみることをお薦めする。まちがいなく楽しめる。完璧な計画を立てて下さったきさ家のお二人に改めて感謝いたします。

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五条川の桜

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【名古屋・五条川の桜】
4月3・4日、名古屋で開かれた花見&激食ポタリングに参加してきた。まずは五条川の桜並木を。詳細は次のエントリーで。

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2004.04.02

佐内正史『生きている』(青幻社)

sanai.jpgエイプリルフールだった4月1日は映画の日でもあった。心斎橋パラダイス・シネマで「きょうのできごと」を観た。その後、心斎橋から難波までGR1vを携えながら散策する。週末でもないのにけっこうな人出であった。はり重のビーフカレーを食べる。ビックカメラを冷やかし(カラーネガフィルム購入)、ジュンク堂難波店へ向かう。

佐内正史のデビュー作『生きている』が「待望の復刊」というシールを貼られて並んでいた。ちょうど「アサヒカメラ」で連載している飯沢耕太郎「写真作家主義」が佐内を取り上げていて、ずいぶん高い評価をしていた。透明ラップがかけられて中が見えないけれど、記事を信じて買ってきた。

およそドラマが好きな人には受けないであろう写真が並んでいる。確かに一枚だけ見て絶賛の嵐が巻き起こるということはないと思われる。しかし、それが淡々と積み重ねられると、「これが俺の見ている現実だという確信犯的な強さ」(前記の飯沢の連載より引用)がぐっとこちらに迫ってくる。ほぼすべてが無人の写真の集積は強い緊張感を漂わせている。私の感想は「困ったな」である。ちょっと説明しにくい。これについてはまた機会を改めることにする。

同時に買ってきた文庫本。赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』(新潮文庫)。「積ん読」状態がますます加速する……。一番下にあるのが『生きている』。すまん、佐内。

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