赤目の滝に落ちたことがある。
小学校六年生の時の林間学校で三重県の赤目に行った。大阪市内からは近鉄電車一本で行けるため、おそらく定番の宿泊地だったのだろう。鬱蒼とした木々と複雑な流れを見せる水の表情が印象に残っている。私はその流れの一つで友達と笹舟を流す遊びをしていた。かなりの速さで流れていく笹舟を岩づたいに追いかけていったところ、急に視界から足場が消え、気がついた時には完全に水中に没していた。しかし、不思議に焦る気持ちはなく、「ああ、落ちた」と思いながら、ゆっくりと浮かび上がり岸の方に流れていった。おそらく落ちた時に打ち所が悪かったり、気を失ったりしたら、かなり危ないことになっていたはずだと、あとから怖くなった。さほど落差の大きくない滝であったことも幸いしたのだろう。本人よりまわりが大騒ぎになったのはもちろんである。
だから今でも赤目と聞くと、あの時のことが鮮明に脳裏によみがえってくる。
この映画の原作となった車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」(文藝春秋)は、1998年に直木賞を受賞している。すでに文庫化もされており、広く知られるところであろう。映画はこの小説のエッセンスをうまく掬い取り、極めて美しい映像と音楽で品格の高い作品となっている。無一文で尼崎にやってきた生島与一(大西滝次郎)は、焼鳥屋の女主人勢子(大楠道代)のもと、日がな一日暗いアパートで臓物捌きをしている。アパートには娼婦や彫り師、やくざらが住み着き、ただならぬ気配である。その中に美しい綾(寺島しのぶ)もいた。生島が尼崎に住んで四か月が過ぎ、もう立ち去らなければならないと予感したその時に、綾との新しい関係が始まる。綾は生島に「うちを連れて逃げて」と言うが……。
この映画では尼崎は現実に対する異界として描かれており、すべての出来事は夢か幻のようなものとして定位できる。主人公である生島は浦島太郎のように竜宮城たる尼崎に流れ着き、やがて乙姫である綾と出会う。リアルな尼崎を描くように見せかけて、実は存在感のない人々が多数登場するのも、そういう結構と関わりがあるのだろう。生島と綾の関係のスリリングな点は、気質の人間と刑務所帰りの兄を持つ人間の出会いにあるのではなく、決して交わることの許されない現実と異界の邂逅にこそ求めるべきである。したがって生島が綾とともに心中し、同じ世界(=死)に住もうとしても、それはもとよりかなえられぬことなのであった。生島が唯一の心の友とするのが国語辞典(『新明解国語辞典』!!)であることも見逃せない。辞書は現実の権化である。綾と逃げようとする時に生島がそれを捨てるのは、実に暗示的な行動であり、また綾が消えた後、手元にそれが戻ってくる(綾の下着は消える)のも同様である。二時間四〇分の長尺だが、漲る緊張感ゆえ決して長さを感じさせない。
この映画の最大の不満は、俳優の話す関西弁の不自然さである。各映画賞で圧勝し、評論家からも高い評価を受けているが、この点について指摘するものはほとんど見ない。しかし、関西弁から遠い相当奇妙なイントネーションで語る彼らの会話に、はなはだしい違和感と座りの悪さを感じた。ましてや、場所が尼崎である、中途半端な標準語など入り込む余地はないであろう。この点が小さくない傷として残る。
美しい赤目に何十年かぶりに訪れたくなった。あの時に薄暗い資料館のようなところで展示されていたオオサンショウウオは、今でも同じ場所で生きているのだろうか。第七藝術劇場で鑑賞。
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