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2004.04.10

『言海』が文庫化

国語辞典は楽しい。と書くと、好事家の暇つぶしに聞こえるかもしれない。しかし、たとえば赤瀬川原平『新解さんの謎』(文春文庫)などを読めば、誰しもこれほどおもしろおかしいものであったのかと思わされること、間違いない。

【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。

この奥深さ。特に後半は人生の奥義のようで、実に深淵である。好きだの嫌いだのという上っ面だけを追いかけない記述こそが『新明解国語辞典』の真骨頂である。ちなみに「大陸間弾道ミサイル」の数え方は「一基:一発」だと教えてくれる。

【馬鹿】記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。また、そうとしか言いようの無い人。(中略)「−−[女性語で、相手に甘える時の言い方]」

語釈部分の楽しみもさることながら、用例も興味深い。ここは「バカ、バカ」と繰り返すのであるが、それを女性語とするところがなんとも(私自身はそういう甘え方をされたことはないが)。先の赤瀬川氏はどうせなら「いやん、バカ、バカ」としてほしかったと述べているが、まったくその通りだと思う。

【国賊】体制に対する叛乱を企てたり、国家の大方針と反対したりする、いけない奴。(体制側から言う語)

「いけない奴」なのである。ここまでの引用はすべて第四版を使ったが、第五版では「いけない奴」がいなくなって、かなり寂しい。

『言海』と『新明解国語辞典』こういうことであるから、手元にはいつでも『新明解国語辞典』が取り出せるようにしてあるし、隙があれば味読してしまうということになるのである。さて入学シーズンを迎えた春、こうした近代的な国語辞典はどの書店でも山のように積み上げられている。特殊な用途(用字・用語・類語など)のものを除き、どの辞書を選んでも基本的なスタイルはほぼ同じである。すなわち固有名詞や学術語を中心とせず、一般の語をもっぱら収録する点、そして見出しの配列が部門やジャンルによらず、形態順(五十音順)にする点のことである。日本語を母語とする者にとって、国語辞典といえば疑うことなくこのスタイルだと擦り込まれている。そしてこのスタイルを日本語辞書史上初めて採用したのが、大槻文彦が編纂した『言海』なのであった。

『言海』は明治22年に刊行された。『新明解』ほどの洒落っ気はないものの、それでも記述には渋さやこだわりが十分感じられる。古い辞書ではあるが、かなりの数が出回っていたため、古書店に行けば、手に入れることもできる。ただ一般的には縁遠い存在であろう。その『言海』が文庫化された(ちくま学芸文庫、2200円)。慶事である。ぜひとも手にとって辞書の楽しみを感じてもらいたい。さすがの『新明解』もあっさりした記述に終わる「桜」、その「桜」にこだわり抜く大槻の注釈文を引いて、このエントリーの閉じ目としたい。

【桜】〔木花開耶姫(桜神トス)ノ名ヨリシテ、開耶ノ転カト云、或ハ開麗ノ約カ〕(一)樹ノ名、高サ凡ソ二三丈、皮ニ横理アリ、灰褐紫色ニシテ、光リテ点文アリ、葉ハ、深青ニシテ、鋸歯アリ、清明前後ニ花ヲ開ク、一重アリ、八重アリ、五弁ニシテ、簇リ開ク色、多クハ粉紅ナリ、其艶美ナル、花中ノ第一トシ、花ノ名ヲ専ラニス、殊ニ日本ノ特産ニシテ、外国ニアルヲ見ズ、一重ナルニハ実アリ、さくらんばうトイフ、材の理、密ニシテ、硬、軟、中を得、版木トシテ、最モ良シ、又、皮ヲ裂キテ、わげものヲ綴ヅ。

大槻はきっと桜が大好きだったのだろうな……。

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コメント

>mi4koさん
webでの辞書検索は私もよく使います。とても便利です。しかし、寄り道ができない(笑)。アナログ(というか紙媒体)だと、目的の前後でいらないものも見えてきて楽しめるところがいいですね。非効率だけど、充実感があります(謎)。『言海』はやがて『大言海』になります。

>ishiguroさん
関西人に「馬鹿」はタブーです。「馬鹿」と言われた日には、地の底まで貶められたような気がします。おそらく関東人に「あほ」のニュアンスが伝わらないのと同じだと思われます。『新明解国語辞典』、ぜひ机上に一冊!

>しきはんさん
『新明解国語辞典』は辞書界の癒し系です :D

>ぽた子さん
おっしゃるとおり、オリジナル『言海』は四分冊です。それが後に大形一冊本になり、続けて小形と中形が発売になりました。今でいう机上版や大型判などと同じ発想ですね。今回の文庫版は小形の覆製です。あいうえお順ですが、旧仮名遣いである点に注意が必要です。

投稿: morio0101 | 2004.04.13 01:11

うろ覚えなのですが,明治22年の「言海」って分冊で5,6冊あって,サイズもA3ぐらいじゃなかったでしょうか。気軽に使うには腕力が必要そうで,「なんで小さくないんだろう」と思った記憶があります。今の百科事典のようなものだったのかな。
あいうえお順じゃなくて,いろは順ですか?

投稿: ぽた子 | 2004.04.12 11:46

わたしもしんめいかんさんのなぞだいすき!です。
すっごくおもしろいですよね。
まさか辞書でこんなに笑えるとは!

投稿: しきはん | 2004.04.12 03:25

すごいよぅ。新明解、大笑いしちゃいました。コーヒー飲んでなくて良かったです。
どちらも欲しくなりました。紹介ありがとうございます。
関西出身の女性に、「ばかだなぁ。」と愛情たっぷり?に言ったら、ナニヨ!!とキレられたことを思い出しました。
どうしてるかなぁ。

投稿: ishiguro | 2004.04.11 00:16

最近、すっかり辞書を読まなくなっておりました。すぐにwebで検索してしまうのです。便利なことに走ってしまうのです。ばか、ばか(これは自分の頭をごつごつと叩くための用語です)
言海の桜の記述も素敵ですが「言海」というタイトルも素敵ですね。

投稿: mi4ko | 2004.04.10 23:52

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