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2004.05.31

キューティーハニー

永井豪の漫画の中でも、「良識ある大人たち」の眉をひそめさせる御三家が「ハレンチ学園」「けっこう仮面」そして「キューティーハニー」であろうことは、多くの人の認めるところだと思う。一足先に実写化され劇場公開された「けっこう仮面」は、低予算で成人映画まがいのものであったが(それなりにおもしろいのはすでに書いた)、この「キューティーハニー」は本格的な劇場公開映画として登場した。監督は『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明。まさに満を持して放った会心の一撃である。

如月ハニー(佐藤江梨子)。彼女は、今は亡き父、天才科学者如月博士の生み出したアンドロイドである。普段は冴えない派遣社員に身をやつしているが、一度、「ハニーフラッシュ!」の掛け声とともにチョーカーに仕込まれたIシステムを作動させれば、どんな姿にでも変身することができ、超人的な能力を発揮することができる。ハニーは警視庁公安8課のエリート秋夏子(市川実日子)、謎のジャーナリスト早見青児(村上淳)とともに、世界を混乱に陥れる秘密結社パンサークローに戦いを挑むのであった。

「お前は誰だ!」「愛の戦士、キューティーハニーさ!」

あらすじはこれ以上書けません(笑)。

すべてのキャラクターに魅力がある。人なつっこいマイペース型のハニー、唯我独尊の秋夏子、キザな早見青児と、これでもかというくらい個性がはっきり描き分けられる。まさにアクションアニメの王道的手法である。また敵役もすごい。パンサークロー首領シスター・ジルに篠井英介、その執事に手塚とおる。パンサークロー四天王には、片桐はいり、小日向しえ、新谷真弓、及川光博といった曲者で演技達者な俳優が居並んでいる。各人各様で成り切り度がすばらしい。そして何より大切なのは、彼らが実に楽しそうに役作りをし、演技していることである。そういう気持ちは確実にスクリーンを通して観客に伝わってくるものだ。だからこちらも爽快になる。

画面も実写、アニメ、特撮、CGがうまく組み合わされている。明らかにやりすぎだと思う場面も、作り手の確信犯的な遊び心が伝わってくるから違和感がない。全編にわたって、庵野監督をはじめ、参加した俳優・スタッフの原作に対する深い愛情と高い敬意が感じられる(先の「CASSHERN」でも同じことを感じた)。それがこの映画を単なるキワモノに終わらせていない最大の要因であろう。ワーナーマイカルシネマズ茨木で鑑賞。

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空の穴

北海道の流行らないドライブイン「空の穴」を舞台にした恋愛物語。静かで重い。そして北海道の青空がことのほか気持ちよい。

妙子(菊池百合子)は恋人との北海道旅行の途中、口論をきっかけにしてガソリンスタンドに置き去りにされてしまう。所持金もなく空腹に耐えかねた妙子は、ドライブイン「空の穴」で無銭飲食をするが、すぐにそこの料理人である市夫(寺島進)に捕まってしまった。その市夫はギャンブル好きの父親と退屈な日々を送っていた。あまりに寂しそうな妙子に同情し、「空の穴」で共同生活を始めることになる……。

華やかな恋愛と無縁な人生を送ってきた中年男に恋人に捨てられたばかりの若い女とくれば、起死回生の新しい生活が始まってハッピーエンドと思いきや、最後はずいぶん切ない結末を迎える。しかもそこに至るまでが不器用な生き方しかできない二人らしく、感情のぶつかり合いや独りよがりな暴走行為のオンパレードである。しかし、それこそがリアリズムであろう。彼らは決して森の王子様やお姫様ではないのだ。非日常的な幸せを描くようでいて、実はどこまでも現実的な日常の営みや感情を浮き彫りにする。ちりばめられたユーモラスな場面に和みながら、市夫と妙子の共同生活が生み出すさざ波の揺曳をじっくりと味わわせてもらった。

寺島進も菊池百合子も自然に役に入り込んでいてすばらしい。熊切和嘉監督は本作が2作目、30歳(1974年生まれ)の新鋭である。今後も期待したい。

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2004.05.30

幻の光

本年度のカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を史上最年少受賞した柳楽優弥。14歳の日本の中学生を主人公にする「誰も知らない」は今夏公開予定であるが、この作品を撮った是枝裕和監督の初作品が「幻の光」である。宮本輝の同名小説を原作とする。国民年金未払い問題で、悪役から一転功労賞ものという声すら聞こえる江角マキコは、この作品で俳優デビューを果たしている。

尼崎。貧しくも慎ましやかな生活を送っていたユミコの一家には、痴呆症の祖母が同居していた。ある日祖母は故郷の四国で死にたいと言いながら失踪する。それを引き留められなかったユミコにはトラウマとしてその事件が残ることになった。やがて成人したユミコは幼なじみと結婚し長男を得る。幸せな生活もつかの間のこと、夫はユミコと生後三ヶ月の赤ん坊を残し自殺してしまう。またしても夫の変化に気づくことができず、引き留められなかったユミコは、精神的に大きなダメージを受ける。そして数年後、彼女は北陸の漁村に嫁いでいく。そこでの生活は満ち足りたものであったが、祖母や夫を奪ったのは何者なのかを考え続けることになる。

重い内省を描くことを主題とする映画であるが、台詞や独白を活用することはない。かわりに美しい風景描写が多用される。これらは時々の作中人物の心象風景として象徴的に機能している。映画の進行に合わせて変化する風景は、そのまま主人公ユミコの心の変化を表しているのである。したがって与えられた風景から我々は想像力を駆使してその意味を解釈する必要がある。それをしなければただ冗長な時間を過ごすだけになってしまうだろう。なんとも難しい映画である。しかし、知的作業を強いられる分、手応えや満足感は相応に重く大きい。繊細で美しいピアノ演奏の音楽とともに、観賞後に静かな余韻に浸ることができた。

唯一にして最大の欠点は、出演者がまともな関西弁を話せないこと。この点は許しがたいほど酷い。これだけ西の地方を具体的に描くのであれば、方言指導者をつけてきちんとやらせるべきである。そうすることでこの映画の完成度はよりいっそう高められるだろう。よい作品であっただけに惜しいと思う。

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2004.05.29

オオサカハリアナツウシン

一つ前のエントリーで紹介した学研『大人の科学』付録ピンホールカメラの広角仕様(略称「おとぴん2号」改め「ひろぴん」に決定)の試し撮りができあがってきた。

屋台その1

自分で言うのも何なのだが、この広角ぶりがとても気持ちよい。雑誌によれば約20ミリの画角であるとのこと。単なるラーメン屋台なのに、遠近感が強調されることによって、これだけそびえ立つ感じがする。アバウトに作ったアルミ箔の針穴も緩くない感じでできあがっているようである。これくらいのシャープさなら、ひとまず満足してもよいかと思った。

そしてとうとうこの針穴写真について語るブログまで立ち上げてしまった。題して「オオサカハリアナツウシン」。Fotologの方にも「大阪針穴日記(Osaka Pinhole Diary)」というページを作ってはいるが、いかんせん、語りを入れることがはばかられる。あくまでも針穴写真の展示場所だと割り切ることにして、新しい「オオサカハリアナツウシン」では、写真とともに記憶される生活やあれこれについて書いてみたいと思っている。根がおしゃべりなのでどうしようもない。

今回の「ひろぴん」試し撮りの他の写真は、「オオサカハリアナツウシン」の方に説明をつけて順次アップする予定である。こちらの「1/365*morio0101」ともども可愛がっていただければ幸いである。

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2004.05.26

おとぴん2号(広角仕様)

2冊になった「大人の科学」03号ピンホールカメラを付録に付けた「大人の科学」03号(2004年1月)は、なんでも7万部以上を売り切ったそうである。そして04号の発売に合わせて増刷までされた。どういう理由でこの号がこれほどまでに受けているのかわからない。そして、自分で一台持っているのにもかかわらず、書店に並ぶ03号を見ると、つい手に取りたくなって困っていた。でも「我慢我慢」と思ってスルーしているうちに、ついに近所の書店で売り切れたのである。こうなるともうダメである。なんばのジュンク堂にあるのは確認していたので、昨日、仕事帰りに連れ帰ってしまった。

おそらくtearoomさんのBlog-tea: ピンホールカメラ疾患というエントリーと、その後の針穴エントリーを見なければ、こんなことにはなっていなかったはずである(ということにさせてください)。そこで私も2台目の『「大人の科学」付録ピンホールカメラ(長いので以下では「おとぴん」と略す)』は広角仕様にチャレンジすることにした。

ミノルタのレンズキャップLF-1 46問題になるのはシャッター部分である。広角仕様にするためには付属のシャッターユニットは使えない。それに代わる蓋のようなものが必要である。tearoomさんは取り置きしていた紅茶缶の金属蓋をとても素敵に加工されている。しかし、「片付けの基本は捨てること!」を実践する家に、そういういいものは残っていない(涙)。そこでレンズ部分の蓋だから、レンズキャップはどうだろうと思い、おとぴん2号の内径を測ると46ミリであった。手元のニコンのカタログで確認すると、46ミリのキャップがあるではないか。そして本日夕刻、ヨドバシカメラ梅田店にはキャップを物色する私がいた。ニコンのはなかったが、ミノルタのはあった。「レンズキャップLF-1 46」、294円なり。

材料一覧  アルミホイルで作った針穴部分

材料は上の写真左側。本体前面・背面・針穴設置用の黒い紙・レンズキャップ・アルミホイル。これだけである。おとぴん1号の針穴はお茶缶のアルミを切り出して作ったが、2号はわが心の師匠atcyさんを見習って、アルミホイルで作ることにした。針穴部分は出来るだけ薄くする方がよいので、最初から薄っぺらいアルミホイルはその点とてもありがたい。できあがりは上の写真右側。テープで留めたところとアルミホイルは、油性黒マジックで塗りつぶしている。

完成したおとぴん2号  1号と2号のツーショット

完成。とてもスマートである。肝心のレンズキャップであるが、キャップ自体のはまり具合は緩くはないが、固くもない。どうもほんのわずかだが小さいようである。幸い隙間が出ることはないし、下を向けても落ちることはない(振っても大丈夫)。おそらくこれより大きなサイズ(あればだが)にすると、もう入らないと思われるので、当面はこれで様子を見ながら使ってみることにする。着脱にむやみな力がかからないから撮影時のブレはないだろう。逆に持ち運びの時には、キャップが勝手にはずれてしまわないようにゴムバンドなどで押さえておく必要がある。このへんのローテクなところも針穴写真機らしくて楽しませてもらえる。

カエルの立体イラストシールを貼ってご満悦である。撮った写真はまたご披露したい。

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2004.05.23

散歩三昧 梅田から新世界へ

今日は一人きりである。朝のゴミ出しをしなければならない。8時半起床。朝から行動が開始できるのにもかかわらず、コーヒーなど飲みながらゆるゆると新聞を読んだり、ネット散策をしていると、あっという間に10時である。ようやく行動開始。自転車ででかけるつもりだったのに、どうも空模様が思わしくないため(天気予報は晴れだって)、公共交通機関を使うことにする。ちぇ。

梅田に到着。買い物もしたかったので、街歩きをすることにした。まずは大阪駅前ビルへ向かう。うら寂れた印象の強いこのビル群には、実はとんでもない魔窟がある。先日atcyさん、mi4koさんと一緒に赴いたものの敗れ去った、休日は営業しないという商売っ気のなさがたいへん素敵な中古カメラ店が居並んでいるのである。

フードをつけた大阪コード君目の毒である。探せば何でも出てくるのではないかと思わされるマニアックな濃密さは、ちょうどイトーサイクル(大阪市東淀川区)と同じである。大阪コード君用のフードを見事お買いあげ(mi4koさん、お先です)。

すっかり昼の時間を過ぎている。ひさしぶりに讃岐うどんの「はがくれ」(駅前ビル地下2階)に行ったのだが、見たこともないほどの長い行列である。諦めてこれまた先日と同じインド料理店へ。ここもけっこう混んでいた。カメラに買ったばかりのフードをつけてニヤニヤしたり、露出計であちこち測ってニヤニヤしたり、のたりのたりとしているともう2時である。まだ1枚も撮っていないことに気づく。

まず御堂筋を淀屋橋まで南下する。中之島を冷やかす。バラ園が人でいっぱいである。バラの花より人の頭の方が多いのではないか(大袈裟です)。逃げる。適塾やら近代建築やらを眺めながら本町まで移動する。途中で小雨も落ちてきて、すっかり撮影気分は萎えていた。ずんずん歩き、堀江方面からアメリカ村へ抜ける。どこもかしこもなんだか薄汚いし、うるさいし、落ち着きがないように感じられる。いつ来ても和めない街である。そうこうするうちに湊町リバープレイスに到着する。ユリカモメが一羽もいなくて少しがっかりした。

戎橋から道頓堀界隈はこれまたたいへんな人出である。法善寺周辺も同様。この辺でやっとローライを振り回す。日本橋方面に抜けて、お約束のトキワカメラにも立ち寄る。この前買い物をしたばかりなので、余裕である。ない袖は振れない(自慢にならない)。恵美須町まで歩いて、ディスクピアで「カンゾー先生」のDVDを買う。ご存じ、麻生久美子の出世作、体当たり演技(とはいかなるものかは想像にお任せします)が初々しい名作である。さらに南下。ほどなく通天閣が見える。新世界である。夕刻のこの街もたいそうな賑わいを見せていた。名の知れた串カツ屋はどこも長蛇の列であった。ジャンジャン横町を抜けた先にある教会(?)では、炊き出しを求める人々の列ができていた。ちょうど6時。地下鉄動物園前駅から御堂筋線に乗って帰ってきた。

すっかり足が棒である。距離は不明だが、この区間を一気に歩いたのは初めてである。自転車なら楽だったのに……。で、肝心の撮影枚数は12枚である。少なすぎ!

■笑えないおまけ話
撮影済みの12枚ブローニーフィルムを自宅近くのカメラ店へ出した。若い女性店員「仕上がりはスリーブでいいですか?」、私「へ? ネガでしょ、それ」、横にいた男性店員「いえ、これはリバーサルですよ」、私「スリープでお願いします……(恥)」。私はネガカラーのつもりで最初から最後まで撮影してました。フィルムはアグファのRSX IIです。出来上がりがとても心配。

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2004.05.22

ディスタンス

カンヌ映画祭のコンペティション部門で先陣を切って上映された是枝裕和監督の「誰も知らない」が、かなり高い評価を受けていると報じられていた。日本映画を愛する者として嬉しく思う。最終的な結果はともかく、夏に公開されるこの作品が楽しみである。

先日の「ワンダフルライフ」に続いて、是枝監督の「ディスタンス」を観た。物語は3年前に起こったカルト教団の無差別大量殺人事件後に「加害者遺族」として残された人々を描く。この映画のモチーフが1990年代前半にオウム真理教の引き起こした一連の事件にあることは、誰の目にも明らかである。是枝監督はこの事件を虚構化し、被害者でも加害者でもなく、加害者に近い人々の視点から描こうとする。

事件を引き起こした実行犯たちは、直後に教団の手によって葬り去られた。残された兄弟や配偶者たちは、毎年夏の命日になると、元教団本部のあった山深い湖に集まり、故人たちを偲んでいた。今年も集まる4人の男女。ところが、乗り合わせてきた車が盗まれ、街に戻れなくなった。その4人の前に教団から脱会した青年が現れる。彼もまたバイクを奪われていた。5人はかつて教団が使っていた小屋へ向かい、そこで一夜を過ごす。彼らはこれまで見つめようととしなかったそれぞれの過去と自分自身に向き合う。

「僕たちは加害者なのか、被害者なのか」という問いかけがなされるものの、あの一連の事件を社会または歴史の中にどう位置づければよいのかということを考えようとするものではない。少なくとも私はそう感じた。映画で描かれるのは、残された人々が記憶の切れ端をきっかけにして自省する姿であり、彼らと自分を隔てるものは何かということである。それは異常な事件のあるなしにかかわらず、我々の日常生活において、常に意識させられるところでもあろう。そういう意味では、人生の最良の思い出を選択する(=自己を見つめる)行為を描いた「ワンダフルライフ」と、深層で強く連動するものである。自分とは何者かを客観的に認識することの難しさ、それを考えさせられる。

オウム事件をモデルにしたという表層的な部分で片付けたくない作品であると思った。ARATA、伊勢谷友介、寺島進、浅野忠信、夏川結衣の主役たちはいずれもうまく個性を出している。音楽はまったくかからず、自然光のもと、ほぼ全編手持ちカメラで撮影された本作は、あたかもドキュメンタリーのようでもある。佳作。

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2004.05.20

長島有里枝『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)

長島有里枝のデンシコソダテツウシンというサイトを見つけた。長島有里枝とはあの写真家の長島有里枝である。2年前に長男を出産した彼女が日々のことを記すという「電子子育て通信」が中心で、他に「流行通信」に書いていた「妊娠ダイアリー」と「子育て通信」のバックナンバー、読書日記の「キバラシドクホン」、近況報告「電子かわら版」などがある。けっこうまめに更新を続けている。しかも読んでいておもしろい。子育てはハプニングの連続であるが、長島有里枝とて例外ではない。夫はアメリカに留学中で、今は母一人息子一人の生活である。次々に目の前に現れる日常の事件や出来事はまったく他人事ではなかった。

なんだかとても身近に感じました、長島有里枝。

実はどんな写真を撮っているのか、よく知らないまま、昨日、長島有里枝の写真集を買ってきたのである。第26回木村伊兵衛賞を受賞した『PASTIME PARADISE』。いきなり飛び出す家族や自分のポートレート、しかもヌード。顔中穴だらけの長島有里枝。友人たちの肖像写真も見ていて痛々しいものが多い。渡米中の写真は一転して穏やかな空気と時間が感じられる。そして一冊を通じて「撮るという勢い」をひたすら感じた。大量と言うほかない写真群は見応えたっぷりである。

毎日の生活や子育てに奔走する彼女の姿と、この写真集から感じられる作家としての彼女のイメージは、にわかに結びつけがたい。しかし、息子を予防接種に連れて行って医者の対応に憤るような生活をしながら、一方で作品を撮り続ける彼女に大いなる共感を感じたことだけは確かである。

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2004.05.17

『味のなんでも小事典』(ブルーバックス)

佐竹昭広は「古代日本語における色名の性格」(「国語国文」1955年6月)において、上代に見られる色名のほとんどは、「藍」「紫」などの染料名が比喩的に用いられたものであり、純粋な色名としては、赤・黒・白・青の四つがあるに過ぎなかったことを指摘した。さらにこれら四つの色は明度と彩度の対立関係をも示していた。すなわち明(アカ)と暗(クロ)、顕(シロ)と漠(アヲ)である。古代の人々が色(光)をどう認識していたかということを示す事実として興味深い。そして日本語の形容詞として「アカシ」「クロシ」「シロシ」「アヲシ」(現代語では赤い・黒い・白い・青い)以外のものがないことからも、そうした世界の分節化と認識のありようを確認することができるのであった。

翻って日本語の感覚を表すことばを顧みると、五感のそれぞれで多寡があることに気づく。中でも味覚と嗅覚に関することばは極端に少ない。味覚についての形容詞を掲げてみると、「あまい」「からい」「にがい」「しぶい」「すい(すっぱい)」などがあるだけで、これを除くと「おいしい」「うまい」「まずい」といった評価する語くらいしか見当たらない。そこで日本語ではオノマトペ(すっきり、ふっくら、きりっ、べたべた等)や本来は別の感覚や評価を表す語(軽い、重い、上品、濃厚、まったり、貧弱)、さらに比喩表現(軽やかな音楽のような〜、澄みきった泉のような〜)などを、味覚を表す表現として使っているのである。

テレビのグルメ番組でタレントが「おいしい」「うーん」などとしか言えないところを間々目にするのは、一つは誰もが使えるような味覚専用の語彙が日本語の中に決定的に不足しているからであり、もう一つはその感覚を対象化できるだけの総合的で高度なことばの力というものが必要になってくるからである。

長い前フリである(苦笑)。ようやく表題に辿り着いた。この本は「なぜおしるこに塩を入れると甘みが増すのか」とか、「甘いものはなぜ別腹」とか、「冷えたみそ汁はなぜまずいのか」などという、味覚に関してとても気になることを解説してくれる。理屈ばかりをこねる私のような者には、「80へぇ〜」くらいのおもしろさがあった。以上。本の紹介、短かすぎ(一応、自覚あり)!!

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2004.05.15

ワンダフルライフ

しばらく映画を観ていないと思っていた、そんな折、ニュースが今年のカンヌ映画祭の開幕したことを告げていた。今回、コンペティション部門へ選出された日本映画は、押井守監督のアニメ「イノセンス」と、是枝裕和監督「誰も知らない」の2本である。2本が入ったのは2年連続のこと。

是枝監督の名は知っていたものの、映画自体は観たことがなかった。そこでいつものレンタル店に赴き、「幻の光」「ディスタンス」とともに並べられていた「ワンダフルライフ」を借りてきた。小田エリカが出演しているという理由で(笑)。

「あなたの人生の中から大切な思い出をひとつだけ選んで下さい。」

亡くなった人々が天国に向かう前に生前の自分の人生の中から最も大切な思い出を選ぶという物語である。 彼らの新たな旅立ちを助けるというスタッフの問いかけに、死者たちは記憶の中の人生を振り返る。そして喜び、悩み、後悔し、思い出に浸りながら、自分の人生の意味や幸せとは何かをじっと考える。残すことのできる思い出はたった一つで、それ以外はすべて忘れられる。つまり選択された思い出は、その人の集大成、象徴として存在することになる。果たしてそのような重みを持つ思い出とはどのようなものなのか。

派手なシーンはない。淡々とした会話と深い思索が展開するばかりで、まことに静謐な印象を与える映画である。しかし、眼前に積み上げられるさまざまな思い出や独白(出演者はプロの俳優の他に一般人もいる)に接しているうちに、先の問いかけは当然のように鑑賞者にも突きつけられていることに嫌でも気づかされる。最も大切な思い出は何か、そしてそれを選択する自分とはどういう者なのか、私の価値観は……。地味な印象の映画は、次第に鋭く内面に切り込んできて、もはや一時も目を離すことができなくなってしまった。そして観賞後に深々とした余韻を残したのである。是枝監督の他の作品も続けて観てみようと思った。

さて本年度カンヌ映画祭のコンペティション部門の審査委員長を務めるのは、現在「キル・ビル2」が公開中のクエンティン・タランティーノである。タランティーノが日本贔屓であることはよく知られるところである。もちろんそれがパルムドール決定の大きな要因になることはないだろうが、少しだけ期待してみたりもする。

おまけ:是枝監督のCMの仕事には「サントリー・なっちゃん」「ネスカフェ・朝のリレー」「日産・モノより思い出」などがある。意外に思いながら納得した。

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2004.05.14

町田康『つるつるの壺』(講談社文庫)

ストレート一本勝負。エッセイになっても町田康は町田康である。『きれぎれ』について書いたエントリーでは、エセ町田康化してしまった池澤夏樹の解説をこき下ろしたが、『つるつるの壺』の解説をものした中島らもはさすがである。読んでいて膝を叩くことがしばしば。

何の役にもたたない、意味がない、これはとても重要なことだ。ここに有るのは文体だけであって、それが何のベクトルも持たずに上下左右東西南北と暴れまくる。どこへも辿り着かない。この無意味さが素晴しい。たったひとつのビート。コードはE7ひとつだけだ。

この感覚。町田康の作品のあらすじ紹介がいかに無意味であるかは、彼の小説をひとつでも読めばすぐに理解することができるだろう。内容がとか、構成がとか、主題がとか、もうそんなものはすべて忘れて、ただひたすら町田の文章の刻み続けるリズムを味わっていたい。深い教養と知性がなければ、あのような文章はけっして書けないと感嘆する。ほんとうに頭のいい人である。

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2004.05.13

大阪コード君(仮名)初撮り

蛮勇は蛮勇でしかないことを思い知らされた。

大阪meetupの翌日、ひとり日本橋のトキワカメラへ赴き、Rolleicord Vaを手にしたことはすでに報じたとおりである。そのカメラにさっそくモノクロフィルム(フジ・ネオパン100アクロス)を詰め込み、道頓堀近辺を撮影した。約50年前のシンプルなカメラなので、露出計などはついていない。もちろん私もそんな素敵なものは持っていない(というか、その時は持っていなかった、苦笑)。それでどうしたかというと、エリオット・アーウィットの至言を思い出し、それに倣うことにした。すなわち「晴れの屋外ではシャッタースピード1/125秒で、絞りはf8」。いいのか、そんなので。フルマニュアルカメラなのに、フルオートにしちゃって。

言い訳:上記のアーウィットのことばについての記憶は実に曖昧なものである。「証拠を見せろ!」などと凄まれるとすぐに逃げ出します。しかも途中で何度か動かしてるし(どの写真か、覚えてもいない)。

そのモノクロフィルムが現像されて帰ってきた。結果は「微妙」。やたら白いのである。空などは飛びまくっている。やはりいい加減な「俺流露出」ではどうにもならない。しかし、ネガをよく見てみると、きちんと階調は出ているようである。ということは、プリントがいまいちなのかも。難しいです、写真。

ブローニーをそのまま取り込むフィルムスキャナを持っていないため、プリントを古いフラットベッド型スキャナで読み込むしかない。その結果がこれ。5枚だけご披露する。

taro
おなじみくいだおれ太郎。絵的にはちっともおもしろくないけれど、今回の12枚の中ではまともに写っている1枚である。
glico
続いてはこれもおなじみ戎橋から見たグリコのおじさん。やはり歩いている人は微妙にぶれている。
yokocho
法善寺横丁。濡れた石畳の反射が完全に白く飛んでしまっている。うきー。でも濡れている部分の具合はなかなかよさそうに見えるので、露出が決まれば気持ちのよい感じになる予感(あくまでも予感)。
avec
大阪コード君(仮名)でatcy流腹撮り! って、Rolleicordは基本的に腹撮りなんですが、ピントだけあのあたりという風にあらかじめ決めておいて、シャッターを切った。右のお兄さんが怖い顔をしてこちらを睨んでいたけれど、知らぬふりをした。これも空は真っ白。困ったなぁ。
meoto
夫婦善哉の提灯とどこかの老夫婦。いい感じなのか、ぜんぜんダメなのか、よく自分でもわからない一枚である。

sekonicとりあえずちゃんと写ることは確認できた(なんという低いレベルの確認事項だ)。でもこのまま「俺流露出」を続けると、まさに出たとこ勝負の写真しかできあがってこないことがよくわかったので、次のような結論を導き出した。それが右の写真である。いいんです、ピンホール写真を撮る時にも役に立つから、と自分に言い聞かせながら、このエントリーはひとまずおしまい。識者の皆様、ご教示よろしく。

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2004.05.10

ううあの歌う童謡

日曜日からの雨は月曜日まで続いている。カーペンターズの「雨の日と月曜日は」を思い出し、ついブルーになってしまうあなたは、もれなく私と同世代です(これもどこかで聞いた台詞だな、笑)。

郵便局まで出かけたついでにいつものツタヤに立ち寄った。新譜コーナーを見るともなく見ていると、「うたううあ」というCDが目に飛び込んできた。NHKの子供番組「ドレミノテレビ」のサウンドトラックである。「もりのくまさん」「きらきらぼし」「アイアイ」「山の音楽家」など、懐かしい童謡がラインナップされている。これだけなら借りるはずもないのだが、ここで驚愕の事実に気が付く。歌っている「ううあ」はあのUAなのであった。「!!!!!!」である。これほどのミスマッチは久々である。

このミスマッチは決して似合わないという意味ではない。これまで展開してきたUAの世界と比較して明らかに異質であると思ったからで、実際にCDを聞くと、その巧みな解釈と演奏、懐の深さに驚かされた。しかも、彼女自身がこの番組に「陽気な歌のお姉さん(ちょっとアレですが、苦笑)」として出演しているというではないか。これは番組も見てみないとなぁ。もしCDを見かけたら、ぜひ一度お聴きになってみて下さい。

それにしてもUAをNHK教育テレビで見るとは思わなかったよ。

一緒に借りてきたCDは「CASSHERN」のオリジナルサウンドトラック盤。こちらも濃い一枚である。

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2004.05.08

出戻り

2か月休んでいたfotologを再開した。

handrail裏ログの「大阪針穴日記」の方は、大阪花見meetupの後、一時的に復活させたが、メインログの「大阪GR日記」は店晒し状態であった。fotolog管理側の対応への不満(再度述べる、日本語が文字化けするから休んだのではない)から長期間離れることになり、そのきっかけとなった問題はいまだ解決していないのだが、黄金週間中のfotologgerとの交流で、この人たちとのつながりをなくしたくないとの思いを強くし、再開することにした。

久しぶりに写真をアップロードしたら、さっそくいろいろな方々が歓迎のコメントを下さった。ありがたき幸せ。これからもよろしくお願いします。

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2004.05.07

それはまた別のお話 ローライコード編

撮ることが楽しくなるようなフィルムカメラがほしくなって、いろいろとネットや本で探していた。ちょうど1年半くらい前のことである。最終的にはリコーGR1vを買うことになるが、その頃、選択肢の中で最上位にあったのはローライ35というカメラである。

ローライ35は1966年に発売されたコンパクトカメラで、現在のこの種のカメラの嚆矢となった歴史的名機である。掌にすっぽりと収まる小さな金属ボディに、厳選された第一級の部品を組み込んでいる。中古市場価格4、5万円以上のものなら、それなりの状態であるということだった。しかしながら、使用する電池の型が古くて手に入れるのが難しいこと(アダプタがあるそうだ)、露出計の壊れているものが多いこと、接写や逆光に弱いことなど、ネガティブな情報を知ったりすると、写真初心者には敷居の高い、手を出してはいけないカメラのような気がして諦めたのであった。

ローライ35の情報を集めるためにキーワード「ローライ」で方々彷徨うと、当然それ以外の機種も目に飛び込んでくる。ローライフレックス、ローライコード、ベビーローライ……。みな、カメラが縦型で前面にはレンズが二つ並んでいる。「何が何だかよくわからないけれど、部屋を飾るオブジェにはいいなぁ」などという不届きなことを考えていた。そしてそれ以上は何も考えていなかった。だいたい古いのに高いし、そもそも使いにくそうだ。

va1それなのに、今、私の目の前にはローライコードVaがある。この1950年代後半に製造された紛うことなきクラシックカメラを手にするまで、紆余曲折があった。さまざまな煽りがあった(笑)。そして逡巡があった(騙されちゃいけない)。二眼を持っていないのに、mixiの「二眼友の会」にも招き入れられていた(入るか、普通)。接近しないようにしていたはずなのに、気がつけば外堀が埋まるどころか、すぐ横に二眼を構えた人たちがうじゃうじゃいるという、まさに洒落にならない状態であった。

そして見つけてしまったのである。日本橋のトキワカメラ。とても綺麗なローライコードVaが、まもなく発売されるデジタルローライ二眼とまったく同じ値段でね。「これは……」と思いながら、また数週間が過ぎる。そして5月4日、mi4koさん、atcyさんとともにそれを眺めた時にこっそり決めた。

「明日、買いに来よう……」

気取った言い方で気恥ずかしいのであるが、三人で大阪を散策した記念にいいかと本気で思ったのである。

va2ともあれ、これで二眼&120仲間である。私より年上の完全なる機械式カメラ。一つ一つの操作が軽快かつ明快で、とても気持ちがよい。キタやミナミ、新世界で古くさいローライコードを振り回しているやつがいたら、それは私である確率が高いです(って、どこかで見た台詞だ、笑)。

名称:Rolleicord Va
撮影レンズ : Schneider-Kreuznach Xenar 75mm/F3.5
ビューレンズ : Heidosmat 75mm/F3.2
シャッター速度 : B、1〜1/500

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2004.05.06

京都、神戸、そして大阪 meetup三昧の日々

今年の黄金週間はmeetupを堪能した。meetupとはFotologをやっている人たちのオフ会のことである。しばらくエントリーがとぎれていたのは、連日へとへとになるまで遊んでいたからであった。今回は北海道からFotolog界の北の女王mi4koさんをお迎えする。これは歓待するしかないだろう。

【裏話】
それはまだ私がFotolog・デビュー間もない頃のことである。勇気を出してHOKKAIDO LIFE!(mi4koさんが管理人)にアップされていた彼女の写真にコメントをつけた。返事はない。こっそりへこんだ。「ちぇ、どうせ……」としばらく拗ねていた(涙)。

漬け物屋でコード君を構えるmi4koそんなこともあったが(笑)、今や何となく彼女の関西行脚の露払い役をすることになってしまっていた。これも何かの縁ということだろうか。5月2日に来阪、この日はponkanさんやrunnerさん、ucchiiさん、そして関東からのもう一人のスペシャルゲストであるrinさんと、伏見稲荷を堪能されたようである。「きつねさんがたくさんいる」というメールが来た時には、ishigrollメンバーが「すでに化かされたのではないか」「明日は尻尾がないか確認せよ」と心配せずに、おもしろがっていた。:-P

【2日の伏見大冒険の報告】
ponkanさん:遠方より友来たる

全然話が進まない。で、3日。京都と神戸を巡ったこの日のことは、以下の参加者の方々のブログに詳しいので割愛する(「何じゃ、そりゃ」という突っ込みや苦情は受け付けません)。あしからずご了承下さい。私には翌日の報告が待っておるのです(笑)。

【3日の京都・神戸meetup報告】
tearoomさん:二都物語
freeplayさん:Welcome meetup
weblog244さん:"MEETUP" for friends from NORTH & EAST
大魔王さん:mi4koさんrinさん歓迎meetup
akinoringoさん: 歓迎meet up 03-May-2004

不慣れゆえ、ずいぶん皆さんにはご迷惑をおかけした。この場を借りてお詫びします。また多くの方々が参加して下さったことに、あらためて心から感謝申し上げます。さらに携帯電話を所持しない私にかわって、連絡係としてponkanさんにはいろいろと助けていただいた。通話料、お支払いできなくてごめんなさい。そして夜の部のレストラン選定には、ravさんに貴重な情報をいただいた。こうして頼りない幹事ながらも、参加者の方々の温かいご協力により、無事、この日のmeetupは終了。帰宅は深夜の1時半(だったと思う……、いいかげん)。

【そして4日、雨の大阪】
翌4日。朝から大阪は土砂降りである。今日はmi4koさんと親しくしている関西Fotolog界の二大巨頭(いや、「世界の〜」といっても過言ではない、ふざけた本エントリーの中でもここはまじめです、事前交渉ではmiuさんにずいぶんお世話になった、感謝)に会っていただく、そしてゆっくり話をしてもらうという趣向である。このお二人は私と違ってたぶんmi4koさんに無視などされたことはないはずである(しつこい、笑)。私は秘書役として同行させていただいた。まったくもって役得だが、実際に会ってしまえば、単なる役立たずとも言える(「もう帰れ」と言われなくてよかったよ)。この日の会合をオープンにするかどうかは私に一任されたのであるが、上記の理由でそうしなかった。あしからず。

ヨドバシカメラ梅田店の2階、DPEコーナーで待ち合わせをする。ここでatcyさんと会う。mi4koさんはなぜかライカ売り場の前に出現(ほしいのか、ライカ>mi4ko)。まずは宿泊予定のホテルに荷物を預けるべく移動をする。途中、駅前第3ビル地下1階のインド料理店で昼食をとる。ここでatcyさんのハッセルブラッドがドドーンと登場。網膜に焼き付く美しいスクリーンの絵と、脳髄に響き渡るシャッター音にクラクラした。そして値段を考え正気に戻った(笑)。次は怪しい中古カメラ店巡りである。しかし、あいにく休日には店を開けないという実に商売っ気のないところばかりで、これはちょっと空振りに終わった。ここで地下鉄に乗り、新世界へ移動。

動物園前から新世界に入る。雨がひどいので、なかなかカメラを構えることはできない。それでもこの界隈の「らしさ」は味わってもらえたと思う。意外にもatcyさんはそれほど来たことがないとおっしゃる。また写して見せて下さい。通天閣の真下にある坂田三吉の石碑前で見知らぬおじさんから話しかけられ、明らかに動揺していたmi4koさんを見るのは楽しかった。恵美須町から日本橋へは地下鉄で移動する。

トキワカメラ。危険な香りを放っている。憧れのあのカメラ。答えは最下段で(謎)。黒門市場を冷やかし、丸福珈琲店で休憩する。mi4koさんがrinさんと連絡を取り、夜の部に参加してもらうことになった。6時の待ち合わせまで少し時間があったので、法善寺横丁やくいだおれ太郎、グリコの看板を楽しんでもらう。そして、この頃、日本全国、世界各地のishigroll関係者の間では「今日の巨頭会談は無事に終了するのか」と本気で心配する念が飛び交っていたらしい(笑)。

長いね、今日のエントリー。まだ夜の部があります……。

三巨頭揃い踏み6時にビックカメラ(またもやカメラ屋!)で待ち合わせをする。ここでキスデジを肩にかけ、ひどく緊張感を漂わせる方がご登場。Carlos_Noboroさんである。「ひえぇぇ、いいのか、私がここにいて」という感じでひきつりかけたが、カルロスさんの顔がもっとひきつっていたので安心した(なんじゃそれ)。遅れてrinさんも登場。atcyさんとカルロスさんがいるので、rinさんもまたひるんでいた(と思う)。ということで、それぞれがひるみながら、びびりながら移動開始。食事の前に軽く飲もうということで、カルロスさんに導かれ、千日前のイングリッシュ・パブに入る。rinさん、緊張感を振り切るかのごとく加速。酒が入り、会話も和やかになってきたところで、ponkanさんが現れた。

6人で新しくできた中座ビルの台湾料理店に行く。すっかりひるみもびびりもなくなった面々は、酒を飲み、海老を食い、カエルを喰らう。あれこれとたくさん注文してよく覚えていないが、それくらいよく食べた。合間合間にキスデジを振り回すカルロスさんは素敵だったが、自分のデジカメのメニュー操作でとまどうatcyさんはとてもお茶目さんだった。時計を見ればあっという間に十時半である。名残は惜しいが、遠くから来ている人や疲れている人もいるので、そろそろお開きにする。グリコの前で記念撮影をして、なんばの駅で解散した。もちろん再会を期して。

【北の女王様のご報告】
mi4koさん: お世話になりました

こうして長い一日は終わった。このエントリーも長すぎ。で、翌日、私はatcyさん、mi4koさんとともに見たあれを買うことになる……。それはまた別のお話。

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2004.05.02

『君へ。』(メディアファクトリー)

作家たるもの、ドラマチックな瞬間を体験しているのは当たり前のことなのか。

この本は「ダ・ヴィンチ」で連載されていた「日本テレコム マンスリーエッセイ」が一冊にまとめられたものである。当代の人気作家37名が、コミュニケーションをテーマにして自身の体験談を語っている。これが実に劇的、というか、劇的すぎて「ほんと?」と思うような内容がいくつかあるのである。まずは煩を厭わず並べてみよう(思い切りネタバレになるので、この本をお読みになっていない方はくれぐれもご注意ください)。つまって読みにくいので、5人ずつ区切る。

鷺沢 萌:アメリカ在住の学生と遠距離恋愛。突然アメリカまで会いに行く。★
山本文緒:メール歴のこと。
北方謙三:アフリカで手品をする。★
宮本 輝:電子メールの不思議さ。
江國香織:恐怖を忘れるため、ミラノのホテルから日本の友人と一晩電話をした。★

五木寛之:地方都市の村おこし。
藤沢 周:三歳の息子が父にだけ打ち明け話があるという。
松岡佑子:亡夫の会社を引き継いだ一年後『ハリー・ポッター』の翻訳権獲得。★
田口ランディ:早朝の無言電話は痴呆老人(恋する人にかけていたつもり)からだった。★
大沢在昌:深夜のファクスへの思い。

森 絵都:ロンドン滞在中、停電で不安に思った瞬間、日本から電話がある。★
篠田節子:深夜の携帯メール。
夢枕 獏:いつも手書きで仕事をする。
角田光代:アイルランドから日本の恋人へ煙草のお礼の電話をする。★
有栖川有栖:初出版が決まったという電話と同時に、心配する妻から電話がある。★

山川健一:友人が鬱病。励まし方について。
鈴木光司:貧乏旅行中に出版社から連絡があって、ベストセラーが生まれる。★
藤田宜永:行きずりの女性からメールが来る。返事をした翌朝、死んでいた。★
村山由佳:高校時代に好きだった同級生(女)から20年ぶりにメールで連絡がある。★
北村 薫:ファクスの物真似上手の子供の成長(この話、意味不明)。

小池真理子:学生時代の先輩(男)と後輩(女)が、互いに結婚した後も秘めた連絡を取り合う。★
松尾スズキ:西暦2057年の話。
石田衣良:オフラインミーティングで若い女性と二人きりで会う。★
山本一力:直木賞へのスタート地点となったメール。
大林宣彦:新しいものに抵抗のない老父。

川上弘美:東京(50歳女)と徳島(61歳男)の遠距離恋愛。作り話?
大槻ケンヂ:メールで受ける人生相談。
馳 星周:パソコンの故障で書きかけのデータが消滅。その折、沖縄のホステスから贈り物が来る。★
高橋源一郎:母親から来た最初で最後のファクスは白紙。死を知らせる。★
唯川 恵:失恋の愚痴を女友達にぶちまける。実はその相手も失恋したところだった。★

石坂 啓:手塚治虫のやろうとした「人間ファクス」。
鴻池尚史:「打ち上げ」の後の「またやりましょう」というメール。
重松 清:単身赴任者のちょっといい話。これは「朝のリレー」のパクリか。
谷村志穂:自身の失恋を確認する映画の終わったその時間に、相手からメールが届く。★
瀬名秀明:自分の放つ一言の持つ力。

板東真砂子:タヒチに住む私と東京の若い女性のやりとり。★
乙一:大学の同級生(女)とのメール。

ほんとにそんなことがあるのか、それほどうまい具合に話が進むのか、と少しでも思ったものに★をつけてみた。日々の生活には難渋なことが多いと感じる気持ちが強いほど、この本への嫌悪感も強くなると思った。後味のとても悪い本である。変なまとめ方になった。巻頭の文章が鷺沢萌であるのも、あまりにも劇的すぎて、出来すぎである。それとも何かの因縁だろうか。

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