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2004.05.14

町田康『つるつるの壺』(講談社文庫)

ストレート一本勝負。エッセイになっても町田康は町田康である。『きれぎれ』について書いたエントリーでは、エセ町田康化してしまった池澤夏樹の解説をこき下ろしたが、『つるつるの壺』の解説をものした中島らもはさすがである。読んでいて膝を叩くことがしばしば。

何の役にもたたない、意味がない、これはとても重要なことだ。ここに有るのは文体だけであって、それが何のベクトルも持たずに上下左右東西南北と暴れまくる。どこへも辿り着かない。この無意味さが素晴しい。たったひとつのビート。コードはE7ひとつだけだ。

この感覚。町田康の作品のあらすじ紹介がいかに無意味であるかは、彼の小説をひとつでも読めばすぐに理解することができるだろう。内容がとか、構成がとか、主題がとか、もうそんなものはすべて忘れて、ただひたすら町田の文章の刻み続けるリズムを味わっていたい。深い教養と知性がなければ、あのような文章はけっして書けないと感嘆する。ほんとうに頭のいい人である。

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コメント

yukiさん、ナマ町田、羨ましい限りです(私もかなりミーハー)。

このエッセイの中でも書いてあるのですが、世間の人は町田のことを「あの変な小説に出てくる変な輩」とまっすぐ結びつけようとして、それでかなり苦労しているようです。私小説が大好きな国民性ゆえの解釈(いや曲解)かと、ついつい穿った見方をしてしまいます。

いみじくも中島らもは同じ解説の中で、「町田康は本当はCもFもGもEmも知っている。絶対に知っている。でもそんなものは出さない。E7。気持ちがとってもE7。」と、やはり町田の奧深いインテリジェンスを指摘しておりました。この解説は相当な代物なので、ぜひ機会があればご一読を。

投稿: morio0101 | 2004.05.16 00:34

町田町蔵ファンだったワタクシであるからして、町田康を読まないわけにはいかないのだが(そんなコトはないか)、その小気味よい文体はまさに町蔵のビートだ。中島らも、言い得て妙。ニヤリとさせていただいた。
先日、asahi.comで高橋源一郎が町田康の新刊の書評(というより、紹介)をしていたのだが、やはりあの口調になっていた(笑)
以前の職場で彼のインタビューをすることがあった折、ワタクシまったく関係ないのに連れて行ってもらったお恥ずかしい経験がございます。静かに語る方で、そこはかとないインテリジェンスをまき散らしていらっしゃったのですが、なによりも奥様のお話をなさるときに、「家内が」と言ったのが非常に印象的でした(とことんミーハーなワタシ)。

投稿: yuki | 2004.05.15 07:03

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