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2004.05.22

ディスタンス

カンヌ映画祭のコンペティション部門で先陣を切って上映された是枝裕和監督の「誰も知らない」が、かなり高い評価を受けていると報じられていた。日本映画を愛する者として嬉しく思う。最終的な結果はともかく、夏に公開されるこの作品が楽しみである。

先日の「ワンダフルライフ」に続いて、是枝監督の「ディスタンス」を観た。物語は3年前に起こったカルト教団の無差別大量殺人事件後に「加害者遺族」として残された人々を描く。この映画のモチーフが1990年代前半にオウム真理教の引き起こした一連の事件にあることは、誰の目にも明らかである。是枝監督はこの事件を虚構化し、被害者でも加害者でもなく、加害者に近い人々の視点から描こうとする。

事件を引き起こした実行犯たちは、直後に教団の手によって葬り去られた。残された兄弟や配偶者たちは、毎年夏の命日になると、元教団本部のあった山深い湖に集まり、故人たちを偲んでいた。今年も集まる4人の男女。ところが、乗り合わせてきた車が盗まれ、街に戻れなくなった。その4人の前に教団から脱会した青年が現れる。彼もまたバイクを奪われていた。5人はかつて教団が使っていた小屋へ向かい、そこで一夜を過ごす。彼らはこれまで見つめようととしなかったそれぞれの過去と自分自身に向き合う。

「僕たちは加害者なのか、被害者なのか」という問いかけがなされるものの、あの一連の事件を社会または歴史の中にどう位置づければよいのかということを考えようとするものではない。少なくとも私はそう感じた。映画で描かれるのは、残された人々が記憶の切れ端をきっかけにして自省する姿であり、彼らと自分を隔てるものは何かということである。それは異常な事件のあるなしにかかわらず、我々の日常生活において、常に意識させられるところでもあろう。そういう意味では、人生の最良の思い出を選択する(=自己を見つめる)行為を描いた「ワンダフルライフ」と、深層で強く連動するものである。自分とは何者かを客観的に認識することの難しさ、それを考えさせられる。

オウム事件をモデルにしたという表層的な部分で片付けたくない作品であると思った。ARATA、伊勢谷友介、寺島進、浅野忠信、夏川結衣の主役たちはいずれもうまく個性を出している。音楽はまったくかからず、自然光のもと、ほぼ全編手持ちカメラで撮影された本作は、あたかもドキュメンタリーのようでもある。佳作。

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