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2004.08.30

『消えた受賞作 直木賞編』(メディアファクトリー)

内容や文章や価値は顧みられず、まずは「売れそうな本だけを売る」というのは今に始まったことではない。その結果、店頭にはどうでもよい文庫や雑誌ばかりが並ぶことになり、全国どこに行っても同じような顔をした書店が所在なげに佇むという風景が大量生産される。品揃えという点では、もはや書店とコンビニの線引きすら難しいのではないかと思われるほどである。

そういう文化的ファシズムから逃れるべく、どうしても必要な本はアマゾンやネット販売をする書店などで注文することになるわけだが、これで問題が解決するかと言えば、そうは問屋がおろさない。ほしい本だけを狙い撃ちするにはいいけれど、何より書店で実際に手に取って本を探す時の知的好奇心の広がりがないからである。書店の楽しみはアナログ的な散策にあると言っても過言ではない。目的の本を探しながら、領域外の脇道に逸れる、これこそが本探しの醍醐味であると思う。そうしてこの無駄な寄り道の中で多様な知や文化を知ることができるのである。そういう楽しみをほとんど奪われてしまっている現状は、本当に憂うべきものであると思わざるをえない。

さて表題の書である。これは大衆小説を対象とした日本最高峰の文学賞(商業的側面はひとまず措いておく)である直木賞を受賞しながら、もはや入手困難で読むことがほとんど不可能な小説ばかりを集めた一冊である。9編を収めて1500円は破格である。編者は以前紹介したことのある「直木賞のすべて」のサイト管理者である。収載された小説はもとより、解説やコラムも読み応えがある。さらに直木賞を巡るデータのうち、受賞全作品の現状(絶版・品切れ・発売中)のリストは非常に有益である。こうした書が世に出たことを喜ぶ一方、なぜ日本文学史上かくも重要な小説(しかも多数)が簡単に読めないのかということに、改めて怒りを覚えるのであった。

#この書に関する詳細は、上記のサイトでご確認下さい。

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コメント

Muさん、どうも。
多くの書物が知的財産ではなく消費される商品になってしまったことを憂います。大きな家の応接間に備えられる文学全集や百科事典は、たとえそれが読まれることがなくても、ある意味で文化的なことだったかと思われます。『日本国語大辞典』の新版がほしいけれど、うさぎ小屋の我が家には並べるスペースもなく、いつも仕事先や図書館で見るだけ……。

投稿: morio | 2004.09.03 17:09

morioさん、コメントをなさるヒトがいないので、一言。

 出版は昔、志の発露だったふしもありますね。
 江戸時代は、命がけのことも多かったようだし。

 現代は、商品という属性が肥大しすぎたのかも知れませんね。
 昨年、関与している倶楽部の人たちが、古本で日本文学全集と、外国文学全集を買いました。
 結構便利です。
 しかし、もう二度と文学全集は出ないのでしょうね。

 あ、最近江戸川乱歩賞関係で、お一人が再掲(乱歩賞の合集)を拒否なすったのが、話題にありましたね。
 morioさんの記事だったか、新聞だったか、思い出せません。

投稿: Mu | 2004.09.01 17:32

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