田口ランディ『ひかりのあめふるしま屋久島』(幻冬舎文庫)
ああ、屋久島に行きたい。
『日本の島ガイド シマダス』(日本離島センター)を手にして以来、すっかり「島フリーク」な毎日である。1000以上の島の情報を読み込む楽しさにすっかりまいっている。どんな島でも等しく文字と数字でその姿と生活を浮き彫りにしようとする。その潔さと奥深さから、読書とはまさに行間を読むことにほかならないことを、あらためて教えられるような気がする。
さて上で「どんな島でも等しく」と述べた。確かに扱い方は同じである。しかし、よく知られたメジャーな島の記事の行間からは、やはり独特のオーラが発せられている(もちろん記事として名もなき島も同じようにおもしろいのはいうまでもない)。北の利尻、礼文や伊豆・小笠原の島々、さらに瀬戸内、そして九州南海の島々。圧倒的な情報量からそれらの島が憧れの対象たる所以をうかがい知ることができる。なかでも世界遺産に指定された屋久島は、スター中のスター、いうなれば日本の島界のスーパースター(変な表現)であろう。
あの大きな淡路島の592平方キロメートルに対して、屋久島の面積が505平方キロメートルもあるのは意外であった(ちなみに日本一は佐渡島855平方キロ)。とても広い。そこに標高1800メートル級の山が連なる。その様はあたかも「モスラの島」というのは田口ランディのことばである。私は『シマダス』の屋久島の記述に導かれて、田口のこの書を手に取った。非アウトドア人間であった彼女が、いかにして屋久島の魅力に取り憑かれてしまったかを語る、「屋久島への深い愛」に満ちた書であった。
描かれることは田口の個人的な屋久島体験なのであるが(『シマダス』のドライな記述とは対極の位置にある)、そのどれもがとても興味深く、ぜひ自分の目で見、耳で聞き、体で体験してみたいと思わされるものばかりである。正直に告白しておくと、私はアウトドア的なものが嫌いである。ハイキングや釣り、バーベキューなどはぜんぜんダメ。自転車に乗るのはアウトドアが好きだからではなく、乗り物好きだからである。そんな私が山登りやダイビングに魅力を感じるとは、自分で自分に驚いている。それくらいこの書によって屋久島が魅力的に思わされた。
#変な虫や生き物は苦手なんですが、大丈夫か>自分
#屋久島でピンホール写真を撮る、考えただけでもぞくぞくする。
「もののけ姫」を見ればいいと田口は言う。このアニメ映画には屋久島の森そのものがあるという。さっそくDVDを取り出して見てみた。あのシシガミの森が屋久島にそのままあるのなら、これは確かに奇跡的なことだと思った。何度かこれまで見ていたのに、屋久島のことなど考えもしなかったから、あれはすべて宮崎駿の創作物であると思い込んでいた。どうしてもあの深い緑の森に出会いたいと強く思う。
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34年ぶりに目を光らせる太陽の塔を見に行ってきた。リュックにカメラや露出計、三脚などを放り込み、自転車を走らせる。10分ほどで到着。太陽の塔前の広場の人出が4000人を越えたら入場制限をするということであったが、そこまでの人は集まっていない。念のためにと1時間前に来たので、カメラをセッティングしたあとは、時間になるまでのんびりと田口ランディの屋久島本を読み耽っていた。集まってきた人も普段入れない芝生の部分に腰を下ろして、涼しい風に吹かれていた。
強烈、荘厳、そして感動。
届いた。
音楽が好きとか好きでないとか、そういうことを考えもしなかった時期にオルガンを習っていた。幼稚園の頃である。あまり熱心に練習することもなく、小学校に上がったら自然に止めてしまった。その後は長く楽器演奏からは離れていた。せいぜい学校の音楽の授業で習うハーモニカやリコーダーを手にするくらいである。
最初に勤めた職場では同僚とまたしてもくだらないバンド(キーボードで参加)を組んでいた。その一方、クラシック音楽と深くつきあうようになり、自分でも弾いてみたいと思い出す。本当はバイオリンやチェロに憧れていたのだが、さすがに今さらという感じがして、クラリネットに手を出した。初心者が使うにはどうなのよというほどの値がしたが、独身社会人の物欲(&財力)の前には我慢ということばは存在しない。演奏の腕前についてはノーコメント……。クラリネットは一人でこっそり楽しむ。


上から。





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