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2004.09.27

山本一力『あかね空』(文春文庫)

好んで時代小説や歴史小説を読むわけではない。したがって『あかね空』がこのジャンルでどれほどの水準にあるのか、よくわからない。時代小説にするからには、なぜそういう設定をしたのかという明確な理由が要求されるはずである。むろん内容や構成そのものがおざなりであっていいわけはない。この小説は、江戸時代の京風豆腐店という魅力的なモチーフを存分に生かし、市井の家族物語を見事に描いていると思った。

京都の老舗豆腐店で修行を積んだ永吉が江戸深川の長屋に店を構えた。しかし、永吉の作る京風の柔らかい豆腐は、江戸の固い豆腐に慣れた人々の口に合わない。永吉は同じ長屋に住む桶職人の一人娘おふみを妻とし、困窮の中にあっても希望を失わず、やがて仲見世に店を構えるまでになった。永吉とおふみには三人の子ができたが、年月を重ねるに連れて、家族の絆に微妙な亀裂が入り始めた。永吉が亡くなり、おふみも逝った。残された子らと店の将来やいかに……。

文庫本にしてはやや厚めの四〇〇頁、一気に読み切った。基本的には時間軸に沿った親子二代の編年体であるが、おもしろいと思ったのは、子どもたちの物語が親の物語の種明かし的な位置付けになっている点である。つまり第一部で語られた永吉とおふみの視点から見た世界が、実は子どもたちからはこう見えていたのだとするのが第二部なのである。単に二代をつなぐだけのものならば、目新しさはない。描かれる人情話もしかり。しかし、芥川龍之介の「藪の中」の仕掛けを、内側に長い時間を抱える歴史小説の結構の中で見せられたのには驚いた。これによって一般的な意味でよくできた人情ものである『あかね空』に、あたかも良質のミステリーのごとき緊張感のある謎解きが加わることになった。あわせて物語には重層感や深い奥行きも生まれた。第126回直木賞を受賞。

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コメント

>marinさん
そんな番組があったんですか。作家の生の声や姿に接する機会はそうそうないので、見てみたかったですね。時代小説はお嫌いですか。「あかね空」は市井の豆腐屋が舞台です。いわゆる人情ものの系統です。「ミステリーのごとき謎解き」があるのであって、「ミステリーそのもの」ではないので、その点はご注意を :-)

投稿: morio | 2004.11.06 22:11

おととい...その前の日だったかもしれませんが、NHKに山本一力氏と奥様が出演されていました。ご夫妻の歴史や『あかね空』の書かれた背景などが語られており、興味深く聞きました(ちょっとしゃべりすぎという印象を持ちましたが)。読んでみてもいいかな...と思いかけた時に時代小説と知って「何故?」と思い、そのまま興味を失ってしまいました。
今夜になって、morioさんの記事にあったことを思い出して改めて読ませていただきました。「ミステリーのごとき緊張感のある謎解き」というところに強烈に惹かれました。騙されたと思って読んでみます!(失礼)

投稿: marin | 2004.11.06 02:26

>Muさん
直木賞ですし。気楽に読めると思います。

投稿: morio | 2004.10.01 02:35

morioさん
 おひさでございます。
 なんとなく読んでみたくなる図書ですね。
 morioさんの解説に惹かれて。

投稿: Mu | 2004.09.30 18:18

>m4
騙したかも(笑)。いや、嘘ですよ。豆腐職人が主人公なんて珍しいし、ましてそれが江戸時代のことだから、ぐんぐん物語に惹き込まれました。時間ができたらぜひ。

あとは『シマダス』。品切れ絶版にならないうちに手に入れられることを強くお勧めします。前の版は長く図書館でしか見られない本として知られていたそうですから。飽きずに毎日「心の旅」してます :-)

投稿: morio | 2004.09.28 23:32

面白そうです。まったく興味が無かったのですが、このエントリーを読んで気持ちが方向転換しました。今はあまり本を読む時間が無いのですが(嗚呼、ストレスです)シマダスとともに心の中の「積んどく」の一番上に置いてみました。

今は、ゆっくりじっくりとジュンパ・ラヒリ。味が凝縮された帆立の貝柱のように、時間を掛けて読んでいます。クレストブックスは値段も干し貝柱並みなので、すぐに読み終えてしまってはいけないのです(笑)

投稿: mi4ko | 2004.09.28 20:41

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