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2004.09.10

村上春樹『アフターダーク』(講談社)

『アフターダーク』が作家デビュー25年目の記念作となる村上春樹。数年に一度の新作長編だし、書店でも賑々しく販売促進活動が展開するはずだが、今回は英国魔術少年の続編に押されてか、やや控えめな扱いに見えた。発売直後でもあるし、未読の方も多くいらっしゃるだろうから、このエントリーではなるだけ物語の筋に関する話題は控えることにする。詳細はもう一度読み返した後で記すつもりである。

村上春樹お得意の二つの物語が交互に進行するスタイルで描かれた『アフターダーク』は、闇の世界の支配者たる時間を絶対的な領導者として軸に置き、何一つ自律的なものを持たない人々を描く。主人公は浅井マリという19歳の大学生である。物語は彼女の過ごしたある一晩の出来事を描く。ここでは徹底的に女性が活躍する。いや、この作品では物語自体を強力に展開させるものは存在しないので、活躍というより中心に据えられているという方が適切であろう。マリはもとより、彼女の姉エリ、ラブホテルのマネージャーカオル、そこの従業員のコオロギとコムギ。すべて女性である。そしてこれらの女性の間を橋渡しする高橋という男子大学生が登場するが、彼はあくまでも狂言回しとして存在するのみであった。存在は重いが、中心ではない。もっとも女性を中心に据えるといっても、ステレオタイプ的に捉えられた歴史的社会的存在としての女性を問題にするのではなく、時空を越えた「何か」を象徴する存在としての女性を描いているとおぼしい。その「何か」を読者それぞれが考えることが、この作品を読み解く上でとても重要であると思われる。

もう一つ気になるのは、視点人物として明示的に登場する「私たち」とは何者かということである。これまでの村上春樹の小説では、登場人物の一人(たいていは作中の僕)が語りを担当するスタイルになっていたが、『アフターダーク』のそれはなじみのないものである。作中人物から離れたり、時には一体化したりする鵺のごとき語り手は、全知視点を持つ神に喩えられたりもするが、こうした語り手は、実は日本の古代物語にはよく見られる形式である。『アフターダーク』においては、神というよりはむしろ世界を監視する意識の総体、または生と死の狭間の存在として定位するのがふさわしい。いずれにしても彼岸の世界の存在を強く意識させられるであろう。何度か物語中で触れられる輪廻とか転生もいくばくかの関係を持っていると思われる。そうすると、女性が中心に置かれているという先の点についても、此岸と彼岸を行き来するシャーマンもしくは巫女が女性のものであることも関連するのかもしれない(作中、エリがこちらとあちらを比喩的に往還する)。今は印象として述べておくにとどめる。

エリとマリの姉妹が抱える問題をはじめとして、いつものように最後まで答えを提示しないのが村上春樹の小説の常である。しかし、わかりやすい答えなどはどこにも見つけることはできないだろうし、見つけたら見つけたできっとたいそうつまらないものになると思う。内容に触れずに語ろうとすると、どうしても抽象論になってわかりにくい。まとまりが悪いけれど、ひとまずここまで。力不足を嘆くのみ。

余談:「アフターダーク」と聞くと、かつて「これのためにマックを買う」とまで言わしめたマッキントッシュ用のスクリーンセーバーを思い出す。古い!

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コメント

>marinさん
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は原作の主人公が好きじゃないので、昔の野崎訳でも今度の村上訳でも、あまり楽しめませんでした。『アフターダーク』は、ここのところの作品に見られたような物語の展開のスピード感よりも、目の前のことをきちんと描いていくというスタイルに徹しているように思いました。そのへんが昔の作品(特に短編)の感触に似ているように感じたのだと思います。

投稿: morio | 2004.09.15 02:52

『世界の終わりと...』なんかはとても好きだったのですが、その後村上春樹の作品はあまり読んでいません。(というより、最近はミステリーかノンフィクションしか受け付けられない頭になってしまい困っています。)
先日、妹に「いらないから、あげる」と言われて貰ってしまった村上春樹訳の『ライ麦畑でつかまえて』。大昔に読んだときと同様に、この新しい訳でもやっぱり最後までは読めずに終わってしまいました...。
『アフターダーク』、昔の村上春樹を思い起こさせるとのことで、ちょっと読んでみようかなという気持ちになっています。

投稿: marin | 2004.09.14 23:54

>m4
村上春樹自身が、きっと別に売れなくてもいいと考えているのでしょう。読みたい人だけ読んでくれなんでしょうね。文章も展開も昔の村上春樹を思い起こさせるものだと思いました。

フライング・トースター、懐かしい。「アフターダーク」と「アクアゾーン」のためだけにLCを買った知人がいました。しかも複数。

>maki_0910さん
ご迷惑をおかけしてます。お使いの機種はマックでしょうか。だとしたら、OS9だとココログで文字化けするようです。横のミニBBSに書き込んでいただいたら、こちらで該当するエントリーに移動するようにします。『アフターダーク』、読んだらまた感想などお聞かせ下さい。

>atcyさん
あいかわらずのおとぼけぶり、ありがとうございます(笑)。きっと秋も深まる頃、古本屋で平積みでしょう。いや、もしかすると、今回はそんなに出回らないかもしれません。ディープな村上ファンは手放さないし、流行を追いかける人はハリポタを買ったばかりで、こっちまで手が回らない。:-P

投稿: morio | 2004.09.14 00:25

コレ、書店で手に取って、そのあまりの活字の大きさと行間の開き具合に何だか騙されたような気がして結局買わずに帰ってきました。古本屋で見かけたら買おうと思ってます。(笑)

投稿: atcy | 2004.09.14 00:01

Konnnichiha,Moriosan!
wa-o, Koreha yomanakereba....
Mojibake suru noha Nazedeshou??
Mata asobini kimasu....

投稿: maki_0910 | 2004.09.13 12:07

あ、最新作ですね。すっかり忘れておりました。

で、思い出したように買って来て読んだ...訳でもありませんが、書店で見ました。うああ、なんて地味な本なんだ。これでいいのか?地味なのに目立てばいいけれど、これはとても狙ったつくりに見えない。いいのかなぁ。勿体ないなぁ。

トースターが飛んでどうなるのさ?等と言わせない何かがありました > After Dark 懐かしい上に、あれで大騒ぎしていたのが笑えます。ええ、嫌いじゃなかったですとも!!

投稿: m4 | 2004.09.12 22:52

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