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2004.10.26

唯川恵『肩ごしの恋人』

発売中の「文藝」だったか「文学界」だったか、立ち読みですませてしまったのでよく覚えていないのだが、唯川恵がメルセデスベンツのごつい四駆車の前でポーズを決めているページがあった。そのページは有名人の愛車紹介をするコーナーで、目で記事を追いかけると「東京ではあまり活躍できなかったけれど、雪のある軽井沢に引っ越してからは威力を発揮している」とかなんとかいう内容であった。一読「なんと俗っぽくてつまらないやつだろう」と思った。非アウトドア派の私からは最も遠いところにある車にまったく魅力を感じないということもあるが(もちろん買えません)、「軽井沢で雪を跳ね上げながらベンツの四駆を駆る私」に酔っているようなことばに、心底吐き気をもよおしたのである。大阪で言うところの「いけすかんやつ」である。

なぜここまで嫌悪感を持ったのかと言えば、ちょうど唯川が直木賞を受賞した『肩ごしの恋人』を読み進めていたところだからであろう。この「愛車紹介」のトーンと『肩ごしの恋人』のそれはまったく同一の臭いがする。わかりやすいものをわかりやすい状況で使う。そこにはひねりもなにもなく、凡庸で陳腐な世界しかない。人物造形も設定もエピソードも展開も結末も、すべて薄っぺらでつまらない。滲み出るような知性とか教養も感じられない。解説の江國香織が褒める唯川のアフォリズムもうざいだけでちっとも心に響かない。「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ」とか、「我慢している女はみんな貧乏くさい顔をしている」とか、それがいったいどうしたって感じである。そもそもアフォリズムになりえているかすらあやしい。江國は「どうしたって、深くうなずいてしまう」と言うが、そんなそこらへんに転がっているような手垢にまみれた文言(というより偏見)にいちいちうなずくなよと言いたい。

あまりに読後感が悪いので、世評はどうだろうかと探してみたところ、2002年2月、朝日新聞に小谷野敦が書評を書いていたという。直木賞受賞直後のことである。

直木賞受賞作には、ときどき、別にその作品が優れているからというのではなく、この作家も頑張っているからそろそろあげよう、みたいなものがある。唯川恵といえば既に人気作家だから、これもそうじゃないかな、と思ったのだが、やはりそうらしい。
なんだかなあ。エピソードだくさんで、まるでドラマのノベライゼーションのようだ。それがいちいちどこかで聞いたような話のパッチワークなのである。(中略)これは安手のドラマやマンガではよくあることなのだが、直木賞としてはどうか。帯には「驚きに満ちた新しい恋愛小説」とあるが、どうです、凄いでしょう、新しいでしょう、珍しいでしょう、と言っているようで、げんなりする。

朝日新聞からの引用ではなくネットからの孫引きであるが、これがそのまま掲載されていたのであれば、「小谷野よ、よくぞ言ってくれた!」と快哉を叫びたい。

「女であることを武器にする女」と「それを呆れながらも否定できない女」と「継母に強姦された高校生」と「ゲイバーのマスター」と「ゲイ誌専門店の男」が出てきて、最後は「妊娠小説になる」この作品を、それでも最後まで読んだ。途中で読むのをやめればいいではないかという声も聞こえてきそうである。しかし、思い切り文句を言うためには、最後まで読むのが最低限の礼儀であろう。ここまで悪く言った小説は久しぶりだ。ファンや気に入った方には申し訳ないけれど、私、この小説とこの作家に何の魅力も感じません。(集英社文庫、2004年10月)

好意的な記事をお読みになりたい方のために。
アマゾンのレビュー
唯川恵のインタビュー

補足:『肩ごしの恋人』と同時に直木賞を受賞したのが山本一力の『あかね空』である。二つの作品間の距離の何と遠いことか……。

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コメント

>ときさん
はじめまして。男だとか、女だとか、そういうこと以前に、私には合わない作家だと思いました。売れているようなので、彼女に合う人も大勢いるのでしょう。世の中とはままならぬもの、そういうものだと思うようにしています。

投稿: morio0101 | 2005.02.18 23:35

おお!言ってくれた。笑
こういうのをネットで探してたんです。

僕は女友達に借りたのですが、
途中で破り捨てようかと思いました。
くだらないことばかり偉そうに書く俗っぽい女だなと。

そのあまりの偏見と個性のなさに最後まで読まずに返しました。あまり知性の感じられない女の方に「世の中バカそうな人ばかり」と言われたときほど腹の立つものはないです。

投稿: とき | 2005.02.17 20:47

>ベスさん
私も同じようにあっという間に読み終えましたよ(笑)。ただ直木賞を抜きにしても「ちょっとなぁ」と感じたんですよね。「おおっ」と思う部分というのは、江國香織が解説で書いていたアフォリズムの箇所かもしれないですね。本文中に「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ」と書いてあったくらいだから、きっと男である私にはわからない部分があるのだろうと思うことにします。また感想をお書きになるのを楽しみにしています。

投稿: morio | 2004.11.01 18:12

私は「面白いなぁ」と思いながらあっという間に読み終えました(笑)。でもまぁ直木賞に値する作品ではないですね。小説としての深みは感じませんが、少女小説を読んで大きくなった世代としては、あの単純極まりない人物造詣とストーリー展開が妙に懐かしく安心して読めるのかもしれません。あと、時々「おおっ」と思う、面白い一文があったりするんですよねぇ。具体的には・・・忘れました(笑)

投稿: ベス | 2004.10.31 23:45

>marinさん
喜んでいただければ幸いです!?

投稿: morio | 2004.10.28 22:50

久々にすっとしました。ありがとうございました。

投稿: marin | 2004.10.28 00:59

>ゑぶろぐ
今はすっとしてます。買えば印税が流れていくので、なんばのジュンク堂で立ち読みしてしまうというのも一つの手です。

>Muさん
煩悩にまみれながら生きる私は、いつも迷いの渦の中でおぼれそうになっています。だから時々こうして大声で叫ぶのです。ちなみに「セカチュー」も「今会いにいきます」もパスです。読んだり、見たりしたら、きっとこれ以上の罵詈雑言(以下略)。

>Wind Calmさん
何をおっしゃいますやら。私は博愛主義ですよ(笑)。

投稿: morio | 2004.10.27 23:04

 相変わらずの好き嫌いの激しさに恐ろしさを感じます。morioさんに嫌われていない(ですよね・・・コワ)ことの幸福を噛み締める毎日です ^^;

投稿: Wind Calm | 2004.10.27 21:48

生きて行くにはいろんなとこで分岐点があって、いちいち判断するのがむつかしくって、最近はレモンティーにするかミルクティーにするかでさえ、迷ってしまって茫然自失の日々だから、せめて信頼出来る人やblogがあればそこに書いてあることを真理、善、美とみなし、やすやすとこの唯川恵なる性別年齢不詳の作家を切り捨てる快感。ああ、やはりこの世には批評家という仕事は必要なんだ。

投稿: Mu | 2004.10.27 07:34

morioさんがここまで言うのも珍しいですね。
かえって興味が湧いてきたりして…(笑)

投稿: weblog244 | 2004.10.26 23:44

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多分に批判的ですので唯川先生をお好きな方は読まない方がよろしいかと思います [続きを読む]

受信: 2005.08.15 06:04

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