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2004.10.13

珈琲時光

台湾の侯孝賢監督が小津安二郎生誕100年記念のオマージュを捧げた。キャッチフレーズは「21世紀の東京物語」である。

小津の最高傑作と言われる「東京物語」は半世紀前の東京を舞台にしたものだった。尾道に住む老夫婦(笠智衆、東山千栄子)が東京で暮らす息子や娘を訪ねるというストーリーは、劇的なドラマも感動の押しつけもなく、淡々とそれぞれの人物の立場と感情を紡ぎ出す。その静謐な世界と映像美は、小津映画の最高峰にふさわしいものであると思う。「珈琲時光」が「東京物語」の嫡子であると名告る以上、どこまであの傑作に迫っているのか、公開前から気にならないはずはない。

物語はフリーライターの陽子(一青窈)、古書店に勤める肇(浅野忠信)を中心にして、彼らが陽子の両親や肇の親友たちと過ごす夏の日々を描く。人の生活とはこういうものだと言わんばかりのドラマのなさが、かえって重みを感じさせている。選ばれる舞台も今時の東京ではなく、高円寺、神保町、御茶の水といったいわゆる昭和的な空間が主となる。このことで、現代的な要素(携帯の多用、積極的なシングルマザーなど)を取り上げながら、どことなく懐かしい雰囲気を濃厚に漂わせることに成功している。また俳優陣の静かな佇まいと振る舞いもそうした雰囲気作りに寄与していると思われる。さらに小津的演出として、低いアングルからの視点、場面転換を印象づけるための乗り物、真横から撮影する食事の風景……。これらもまた懐かしさに連動する。

全編、自然光だけで撮影された映像は、独特の空気感と広がりを感じさせて、とてもすばらしいものになっている。東京の空気はこれほど綺麗なのかと驚かされた。パンフレットによると、すでに撮影済みのシーンでも、別の日に光の状態がよければ、幾度でも撮り直しをしたそうである。俳優やスタッフにはたまらないことだろうが、できあがる作品にとってはこれ以上の幸せはない。そういう部分にふんだんに資金を投入する撮影のあり方に深い共感を覚える。

丁寧に作り込まれた「珈琲時光」は、淡々と流れゆく人の生活のある部分をきちんと浮き彫りにした。「21世紀の東京物語」になりえているかはにわかに結論を出しにくいが、一過性の刺激や感動を一方的に押しつけるジェットコースター・ムービーがもてはやされる今、こうした静かで穏やかな映画の存在は貴重である。テアトル梅田で鑑賞。

珈琲時光 公式サイト

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コメント

>m4
盛り上がっていたんですかい! その「たぶんシアターキノの人」の言うことは、まったくもって正しいと思います。映画は無理矢理興奮や感動を押しつけるなと声を大にして言いたい。そう思いませんか。今、興奮してます(大いなる矛盾)。

投稿: morio | 2004.10.17 23:39

今はまだ地元で上映予定がありませんが、個人的に盛り上がっています。ああ、悔しい。
先日、onedotzeroを見に行った時、質疑応答の中で札幌で映画館を経営している方が「単純に癒しや感動を求めるだけの映画が多くて困る」と言っておられました。札幌にミニシアターと呼ばれるものは2つあり(もしかしてもっとあるかもしれないけれど)そのうちのひとつ「蠍座」の方ではなかったので、もしかしたらこの映画が上映される「シアターキノ」の方だったのかもしれません。(未確認情報なので、こっそりここに書いておく(笑))

投稿: mi4ko | 2004.10.17 11:18

>きましゃん
究極の理想の男ですか。ミスター・オクレを思い出したりすると叱られそうです。先に謝っておきます。ごめんなさい。

>あちゅち
お先に(笑)。迷いがないように見えるのは、おそらく「小津映画をなぞる」ということに集中したからではないでしょうか。いや、単にそう思うだけなんですけど。

>ゑぶろぐ
ぜひ。一青窈は演技しているのか、素なのか、よくわからない味を出しています。けっして悪くはありません。秋ですし、こういう映画でしみじみするのも悪くないですよ。

投稿: morio | 2004.10.16 01:51

この間、日本橋の丸福珈琲店に行った時、テーブルにこの映画の宣伝用POPが置いてありました。こういう感じの映画はあまり見ないのですが、「一青窈」主演ということでちょっと気になってます…。

投稿: weblog244 | 2004.10.14 20:53

先月東京で観てきました。拙ブログにエントリーしようとしたけれど時間がとれなくてそのままになっているうちに珍さんに先を越された。(笑) 一時期ホウ・シャオシェン監督の作品には迷いがあったように思うし本人もそれを肯定していたけれど、これは久し振りにいい感じだったですね。

投稿: atcy | 2004.10.13 22:00

笠智衆が大好きなのだ。
今でも、究極の理想の男なのだ!
亡くなった時は泣いたよ。

投稿: きまた | 2004.10.13 21:55

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珈琲時光 新宿のテアトルタイムズスクエアで,映画『珈琲時光』を見た。一青窈主演で,小津安二郎生誕100年を記念した,侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品。 台... [続きを読む]

受信: 2004.10.16 18:25

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