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2004.11.06

新国立国際美術館とデュシャン展

音楽会娘の小学校の校内音楽会に行った。世間話に忙しい人たちの間をこそこそと抜けて、壁際に座り込んで聴いた。小学生といっても、高学年になると相当鍛えられている。私の下手なウクレレなど、彼らの立派な演奏の足元にも及ばない……。舌を巻くような合唱や合奏を楽しんだ。

仕事に一区切りがついて時間ができたので、文化の日にオープンした新しい国立国際美術館に行くことにした。すでに何度か書いたように、旧国立国際美術館は吹田市の万博公園内にあった。しかし、施設の老朽化や交通の便の悪さを理由に今年の1月をもって閉館となった。すでに解体工事が始まっており、来春には完全に姿を消してしまう。そして新館が中之島に建設されたのである。

国立国際美術館この美術館の地上部分は竹をモチーフにした巨大オブジェがあるだけで、展示室などはすべて地中に置かれた完全地下型の施設になっている。主に現代美術を収蔵する。新館の開館記念展に選ばれたのは、マルセル・デュシャンである。芸術の存在を疑い、作者の存在を否定するデュシャンの作品は、引用やずらし、コピー、模倣などを駆使し、およそ独創性やプライオリティといった「旧来の価値観」からは遙かに遠いところに存在する。デュシャンによれば、既製品すら誰かがそれを指して芸術であると呼べば芸術になるのである。

銀橋展示品を見る。頭が混乱する(笑)。まじめな顔をして便器やスコップをまじまじと見つめる、自分のその姿を思うと、いい意味で馬鹿馬鹿しくなってくる。便器そのものが芸術なのではない。つまりは、レディメイドの便器を芸術だとしたデュシャンの意識こそが重要である。したがって極端なことを言えば、展示物はなくてもよいのだろう。デュシャンの発想や考え方そのものを引き出す装置としての便器。わけのわからないものを次々と見せられ、気分がどんどん高揚した。ホームセンターあたりに転がっていそうな道具を前にして、小綺麗な淑女紳士が難しい顔をして鑑賞(?)している姿は、何とも言えず、喜劇的な情景ですらある。

満足して美術館から出る。ピンホール写真を撮りながら中之島方面へ戻り、そのまま天満から毛馬まで大川沿いの自転車道をゆっくりと走る。こういう時間も久しぶりである。銀橋のたもとでは浚渫作業をしている船がいた。背景の夕焼けが美しかったので、一緒に写真に収めた。

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コメント

>みささん
まじめに取り合うと、バカにされているような気分になってくるのですが、そこがおもしろいです。だって便器なんですもんね。マグリットとデュシャンの競演ですか、なんだかとてもシュールです。

この写真はコンパクトデジカメで撮りました。同じ場所でピンホールもしました。ただ今現像中です:-)

投稿: morio | 2004.11.09 00:02

こんにちは。
デュシャンの作品っておもしろいですね。
マグリットの絵を見に行った時に同じギャラリーに置いてあったのを見たことがあります。大好きなマグリットの絵とデュシャンの便器とか額に入った卵のカラとかが同じ扱いであまり嬉しくなかったです(^^)

この雲の写真とかとても綺麗ですね。ピンホールカメラなんですか?
下のコスモスの写真とかもすごく好きです。

投稿: みさ | 2004.11.07 00:16

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