« 森山大道と石内都の対談 | トップページ | 華氏911 »

2004.11.17

『阿佐田哲也麻雀小説自選集』

最初に断っておかなければなるまい。私は麻雀ができない。やったのは大学生の頃に少しだけ。初めて大阪以外の街に通うようになり(といっても隣なのだが)、すべてがもの珍しく思える一回生の時に教えられてやったのだった。今となってはアガリの役もよくわからない。もちろん戦術その他も。そんな私が阿佐田哲也の麻雀本を手に取ったのは、賭博小説の嚆矢かつ最高峰とされる小説がどんなものであるか知りたいという単純な好奇心からである。

戦後まもなくの殺伐とした裏社会を舞台に、主人公の坊や哲が手練れのプロ雀士と息詰まる勝負を繰り広げる。一読、極めて限定された範囲ではあるが、当時の日本の雰囲気や社会のありようを濃密に感じさせる。しかし、肝心の勝負の世界については、麻雀をしない人間にはうまく語れないと逃げるしかない。何と言っても披露される戦術や技、役の凄さがわかっていない。だから驚きがない。おそらく登場人物の個性の描き分けも、麻雀の打ち方に寄りかかる形で提示されているとおぼしいが、寄りかかる物自体がわかっていないので、一人一人に血肉を感じることができないのだ。これは作者の責任ではなく、無謀にもこの書を手に取った私のまったき責任である。

文庫本としては巨大すぎる七〇〇頁強のボリュームを読み切ったという達成感は得られたのだが、それ以上は何とも。色川武大の『凶人日記』(読売文学賞受賞)はおもしろく読めたのだけれど。(文春文庫、2002年12月)

|

« 森山大道と石内都の対談 | トップページ | 華氏911 »

コメント

>Muさん
そんな隠された過去が!(笑)
麻雀屋のオヤジというのは、ちょっと憧れがあります。自分にはギャンブルの才覚がないことの裏返しとして。

自転車屋のオヤジとか、古本屋のオヤジとか、カメラ屋のオヤジとか、ミニシアターのオヤジとか、どれもこれも趣味として考えるから楽しそうであっても、口に糊するための仕事として考えると、しんどいものがあるでしょうね。せいぜい本業を頑張ることにします。:-P

投稿: morio | 2004.11.18 23:45

朝だ、徹夜だ、数ヶ月以内に読みたいです。
 麻雀は、以前、わが屋の家業だったようです(笑)。
父が落剥したおり(年中、落剥しておったようす)、麻雀屋を開いたのですが。肝心の父が、大好きで勝負に熱中するから商売にならず、半年くらいで廃業。
 後年、われら4兄弟は、父の棺にうやうやしく新品の麻雀パイセットを添えて送り出しました。
 私も麻雀とか博打は弱いのですが(ルールがめんどくさい)、なんというか、雰囲気、気合い、間の取り方は父から、幼稚園くらいから学びました。しかし、不肖の勝負師でしたなぁ。ついに、大成せず。

投稿: Mu | 2004.11.18 07:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/1990561

この記事へのトラックバック一覧です: 『阿佐田哲也麻雀小説自選集』:

« 森山大道と石内都の対談 | トップページ | 華氏911 »