« ロスト・イン・トランスレーション | トップページ | 堀江敏幸『熊の敷石』 »

2004.12.16

雨鱒の川

初恋。

甘美な響きを持つこのことばをそのまま映像として定着させようとしたのが、この映画である。監督の磯村一路も「『雨鱒の川』は初恋の物語です」とパンフレットの解説で語る。遠い昔に過ぎ去り美化される一方の初恋というのは、一種のファンタジーである。ここに故郷と母の愛情という甘い要素まで絡んでくるから、勢い非現実的な描写まで駆使することになり、結果、存在感に乏しい夢見がちなおとぎ話になってしまった。

広い北の大地に母(中谷美紀)と二人で生きる心平(須賀健太)には、小百合(志田未来)という幼なじみがいた。小百合は聾唖の障害を抱えるが、心平とだけは深く心が通じ合っていた。将来を固く誓う二人を釣り師の秀二郎(柄本明)はいつも優しく見つめている。やがて成人した二人(玉木宏・綾瀬はるか)は、ともすれば現実の波に押し流されそうになりながら、互いの胸に秘めた思いを貫こうとする。ある日、絵の腕を見込まれた心平に、東京へうって出るというチャンスが巡ってきた。初めて離れて暮らすことになる二人の仲はいったいどうなるのか……。

異能者(画家としての心平)と妖精(ピュアな存在としての障害者小百合)の恋物語という究極のおとぎ話的設定はひとまずよいと思う(捉え方が古くさいけど)。ところが、そこここに盛り込まれたエピソードがお手軽なので、映画全体が安普請に感じられてしまう。たとえば恋のライバルが登場するとか、遠い地へ片方が流されるとか。あまりにもありきたりな展開というほかない。さらに演出面で意図があったのか、俳優の演技がどれも軽い。ふわふわとした甘いお菓子のように軽い劇を、そのまま北海道の美しい自然の中に置いてみましたという感じしか受けない。ドラマとしての見せ場である小百合を巡る男たちの諍いや感情のやり取りもどこか芝居じみて見えるし、どうせうまくいくのだろうという先の読める展開はいかがかと思う。説得力を欠いたおとぎ話に魅力はない。

物語の鍵を握る二人の友人の雨鱒(魚です)がキューピッドの役目として登場してくる。映画のタイトルにも使われる重要な存在である。しかし、CGで描かれた嘘臭い動きの魚を見るたびに気分が萎えていったのは私だけだろうか……。人生の伴侶を見つけた雨鱒と同じように、心平と小百合が筏に乗って川を下っていくラストシーンは、鼻白む思いで見るしかなかった。葉加瀬太郎の素敵な音楽も、物語と合わさるとその文脈に引っ張られてしまい、微妙にずれているというか、齟齬があるように感じられて落ち着かなかった。

磯村監督、傑作青春映画「がんばっていきまっしょい」を撮った後は、どうも迷いがあるように思えるのだが、どうなんだろう。梅田ガーデンシネマで鑑賞。

|

« ロスト・イン・トランスレーション | トップページ | 堀江敏幸『熊の敷石』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/2271280

この記事へのトラックバック一覧です: 雨鱒の川:

« ロスト・イン・トランスレーション | トップページ | 堀江敏幸『熊の敷石』 »