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2004.12.22

グッバイ、レーニン!

美濃の長良川で鵜飼いを見た松尾芭蕉は、その時の心情を一句に吐露する。

  おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな

「おもしろうてやがてかなしき」とは鵜飼いそのものへの直接的な思いを口にしたものではない。鵜飼いの向こう側にある、人間の営為や人間の存在そのものを凝視する複雑な感情である。「おもしろうてやがてかなしき」。芭蕉とはまるで無関係なドイツ映画「グッバイ、レーニン!」を見ながら、そして見終わってから、私の頭の中をこのことばがうるさいくらい「駆け巡って」いた。

アレックスは東ベルリンのテレビ修理店で働く青年である。ささやかな労働者向けアパートで、母や姉とともに暮らしている。十年前に父親が西ドイツに亡命した反動から、母クリスティアーネは深く社会主義に傾倒する教師として、国に忠誠を誓う生き方を選択した。1989年、建国40周年を迎えた東ドイツでは華々しい記念式典が開かれる。だが一方では民主化を訴える市民による街頭デモが行われていた。そのデモに参加し逮捕されるアレックスを見かけたクリスティアーネは、ショックのあまり心臓発作を起こし、意識不明の昏睡状態に陥ってしまった。八ヶ月後、彼女は奇跡的に意識を取り戻す。だがその間にベルリンの壁は崩壊し、東ドイツという国家は消滅していた。クリスティアーネに精神的なショックを与えることは致命的だと医者に宣告されたアレックスは、今も東ドイツが繁栄を極めている「現実」を、姉夫婦や恋人、仕事仲間らと捏造し続ける……。

コメディタッチのドラマである。母のために旧東ドイツの服や食料品、調度類を買い集めるアレックスらの姿は「おもしろくてかなしい」のであるが、テレビが見たいという母の要求に応えるため、友人と東ドイツのニュース番組をでっちあげるビデオを作成するくだりになると、「おもしろい」「かなしい」ではすまない普遍的な世界観を突きつけられているようで苦しくなった。私たちが知り得る現実はマスコミが恣意的に作り上げたものでしかないという危うい構図が、ここで見事にカリカチュアとして表現されている。単に旧社会主義国家の閉塞した状況を描いているだけではない批判精神をそこに見る。ユーモアがあって思わず笑ってしまうのだが、その後、妙にしんみりとした気分になる。これがまさに「おもしろうてやがてかなしき」の芭蕉の心境を呼び起こす。

しかし、こうした批判精神以上に「グッバイ、レーニン!」がすばらしいと思えるのは、何より人間の心模様をしっかり描いているところだろう。母の死が近づいた日、アレックスは最後の捏造ニュースを流す。ホーネッカーが退陣し、東側世界が「寛大な心」で西側を受け入れるとするニュースを見ながら、優しく息子に微笑む母の目は、慈愛の光に満ちあふれていた。すべてを知りながら息子への感謝の気持ちから最後まで知らないふりをする。母もまた「騙されるばかり」の人間ではなかったのだ。

とてもよい映画であった。たとえて言うなら正露丸糖衣錠(謎)。

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コメント

>Winter-cosmosさん
私も生正露丸の臭いのが好きです(笑)。それはともかく、この映画はよい出来です。ぜひ騙されてみて下さい。

投稿: morio | 2004.12.23 16:39

 正露丸はやっぱり本家本元の方がよく効くみたいです(爆)。でも「糖衣錠」に騙されてレンタルしに行きます。

投稿: winter-cosmos | 2004.12.23 11:10

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