幸せの敷居の高さ
iPodを手に入れて、とても幸せな気分に浸っている。「たかがデジタル機器が」と侮るなかれ(そういえば、「たかが選手」は流行語大賞には選ばれなかったなぁ)。CDを棚ごと何百枚も持ち歩ける愉悦は言いようのないほどである。これまでは少し長めのオペラの全曲すら、外で聴くことがかなわなかったのだから(持ち歩けません……)。それが今や私のアリス(iPodに命名、笑)には、モーツァルトの全ピアノソナタ、全ピアノ協奏曲、グレン・グールドのすべてのバッハ演奏、村治佳織の全CDなどが吸い込まれ、まだ南極大陸ほどの広大な空き領域が残されている。おそらく溜め込んだクラシックのCD(とにかく大量)は軽々と収めてくれることだろう。どこでも自分の好きな音楽に浸れる。とにかく嬉しい。幸せ。
さて話は変わるが、私の新婚旅行の行き先は熱海だった。十数年前のことである。かつては熱海といえば、新婚旅行のメッカとして賑わっていた頃があったと思うのだが、当然、そんな時代のことは知らない。ではなぜそんなところにわざわざ行ったのか。
おもしろそうだから。
これ以外に理由はない。人から「どこに新婚旅行に行ったの?」と聞かれて、「熱海」と答えた時の相手のちょっと困ったような反応が楽しい。「なんでそんなところに」「よりによって熱海?」「他に行くところはいくらでもあるはずなのに」。人の興味なさそうなところで楽しがるのがいいのだ(と思っている)。今となっては何が何だかというあやふやな記憶しか残っていないけれど、「ほぉ」とか「へぇ」とか「うぉー」とか、とりあえず楽しんで帰ってきたのは確かである。MOA美術館の尾形光琳「紅梅白梅図」(毎年2月のみ公開)がよかったのはもちろんだが、これは「熱海の新婚旅行」というコンセプトからすると、望外の喜び、おまけのようなものである。
こういう性癖が一般的なのかどうか、自分にはよくわからないのだが、東京するめクラブ『地球のはぐれ方』(文藝春秋)には間違いなく同じ匂いを感じる。村上春樹・吉本由美・都築響一の3人が選んだのは、「ちょっと変なところ」である。すなわち名古屋・熱海(出た!!)・ハワイ・江の島・サハリン・清里。これらの地で3人が「驚天動地の発見」をしていく(ちなみに「変」という認定は彼らによるものである、念のため)。都築はあとがきでこう言う。
いちばんよく受ける質問のひとつが、「いまどこがおもしろいですか?」というやつだ。はっきり言って、こういうことを聞かれた時点で、「つまんないやつだな、こいつは」と思ってしまう。どこかへ行っておもしろがるというのは、その場に身を置けば、なにかがやってきてくれるというような受動的行為ではなくて、どうやってここをおもしろがろうかとみずから動き回る、能動的な行為なのだ。
そうなのだ。「つまらなく見える人生を、なんとかおもしろがろうとする努力」こそが大切と説く都築には、木村伊兵衛賞を受賞した『珍日本紀行』(ちくま文庫)という傑作があるが、確かにこの精神があってこそなしえた仕事であろう。だれも見向きもしないであろうゲテモノや醜悪なもの、ガイドブックには載りそうにない珍スポットばかりを集めたこの一冊、図らずも(いや、図ったのかもしれないが)現代日本の一側面をまるごと封じ込めることになったのである。そしてそうした場所を訪ね歩くことが心の底から好きである、幸せであるということがひしひしと感じられる。見習いたい。
「幸せの敷居を低くするのが、人生をハッピーに生きるコツなのかも」と『地球のはぐれ方』の最後で語る都築のことばは、少なくとも私に限っては至言と言うほかない。今やあまりにも低すぎて地べたに這い蹲るほどである。
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コメント
いえ、つれあいも射手座のB型なので・・・
投稿: Wind Calm | 2004.12.12 00:07
>あきりん
最近は廃墟巡りもご無沙汰ですね。ぜひ真新しい白い「写真&音楽箱」を持っておでかけください。応援します(笑)。
>43210さん
iPod Photo、ご購入、おめでとうございます。「大きいことはいいことだ(古い!)」と、必ずやお感じになると信じております。60GB、素敵です。取り来むは大変ですが(笑)。
>きまっち
何でも嬉しがるのです。箸が転がっても幸せになるのです。アリスですか、もちろん岩井俊二監督「花とアリス」のアリスですよ。蒼井優ラブ(恥)。
>らんだんのまこしゃん
多幸症ってあるんですか。他人事とは思えないかも。私は耳かきいっぱいでハッピー :-)
>Wind Calmさん
ああ、またよからぬことを思われてそうだ……。
>あち
iPodを最初に立ち上げた時に、「名前をつけれ!」と言ってきたので、「アリス」と入れただけなのです。「○○のiPod」って、確かデフォルトで入ってるのですが、それはやっぱりあんまりかと。5台ある自転車には即物的な分類名をつけてますが、メルヒェンなのは……、ああ、そうだ、「大阪コード君」がありました。漫才師だね、まるで。
>ベスさん
ちょっとしたことで喜べる体質、精神構造というのは、何となく幸せに対する感度が上がるような気がしませんか。試験合格、おめでとうございます。存分に幸せを噛み締めて下さい。
投稿: morio | 2004.12.11 00:59
「幸せの敷居を低くする」いいですねー。素敵です。共感します。ドラマ「黒革の手帳」を見た後なので余計に実感します。ささやかなものにドキドキワクワク出来る方が、人生楽しい。
投稿: ベス | 2004.12.10 01:32
iPodにアリスなんて名前を付けてしまうところをみるとiMacや自家用車や自転車にも何やらメルヒェンチックな名前を付けておられるのではなかろうか。この際全てさらけ出し日頃の行いを白日の下に曝すのじゃ。その後新しい名前を授けようぞ。おほほ。
という訳で、今なら無料で身の回りの電化製品に新しい名前を付けて差し上げます。どうぞご活用下さい。
投稿: atcy | 2004.12.09 21:15
つれあいによると、B型は基本的に幸せなんだそうです。射手座だし・・・
投稿: Wind Calm | 2004.12.09 21:07
周りの者に多幸症と言われて久しいワシ。なんでも喜べるけど、それはそれで病気らしい。スプーン一杯も幸せがあったらラリっちゃう。
しきい値って難しい。
ま、自分が幸せだと思えればいいやね♪
投稿: Yuki | 2004.12.09 02:16
みうらじゅん氏にも通じるモノがあるよね。
僕も、どーでもいいモノで面白がってしまえるので、敷居が低いんだろーな?
で、なんで「アリス」なの???
投稿: きまた | 2004.12.08 22:44
僕も「珍日本紀行」楽しんだクチですが、本を眺めるだけで腰を上げるフットワークの軽さはないのです・・・・。「幸せの敷居を・・・・」名言ですね。
サラのiTunesにいちからCDを詰め込んでいるので、思ったように持ち歩くにはまだ相当手間がかかりそうです。購入前にこの作業に入っておいてよかったです。感謝します☆
投稿: 43210 | 2004.12.08 22:17
『珍日本紀行』に掲載されている所で、近場の殆どの場所へ実際に行ってみました。こういう馬鹿げた事が本当に楽しく思えるって幸せだったのか。
僕の白い音楽箱とアリスちゃんと交換して下さい(笑)
投稿: akinoringo | 2004.12.08 21:17