堀江敏幸『雪沼とその周辺』
「あのころの未来にぼくらは立っているのかな」(夜空ノムコウ)と歌ったのはSMAPだった。SMAPの曲では押しつけがましさが癇に障る「世界に一つだけの花」よりもこの曲の方が断然好きである。中でもこの一節が心に染みることが多くて、時折聴き返してはしみじみとしている。作詞はスガシカオ。
先に紹介した『熊の敷石』がとてもよかったので、すぐに最新作(といっても刊行されて1年ほど経つ)である『雪沼とその周辺』を買い求めた。七編を収めた短編集である。相互にあからさまなつながりは持たないが、いずれも雪沼近辺に住む人々を描くものである。中心に置かれるのは人生の夕暮れを迎えた人、もしくは迎えようとしてる人たちである。
物語の人々は今の自分の姿やこれまでやってきたことにとまどいや不安を覚える。本当にこの立ち位置でよかったのだろうか。もはやどこへも引き返すことができない時点で、自らの人生を振り返る人々。しかし、そこに後悔の念はなく、静かにこれまでの自分の生や関わりを持った人を回顧するだけである。その姿が穏やかかつ滋味豊かな文章で美しく象られる。ここまではこうだった、でもやはりこの先もこう生きるしかない。絶望ではなく希望を感じさせるところに救われる。閉鎖される古いボーリング場の老主人を語る「スタンス・ドット」が特に気に入った。
「すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ」(夜空ノムコウ)
こうは確かに思うものの、人生はなかなか捨てたものではない。
『雪沼とその周辺』は昨年末に店頭に並んでいた読書雑誌「ダ・ヴィンチ」2005年1月号で、2004年推薦書の第1位にもなっていた。谷崎潤一郎賞・川端康成文学賞・木山捷平文学賞の各賞を受けている。(新潮社、2003年11月)
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コメント
>m4
オンリーワンが真の意味で認められるのは、その分野でナンバーワンになってこそという「現実の厳しさ」を、あの歌は巧妙に隠蔽しようとしていると思います。一人一人、一つ一つの価値を認めるのにやぶさかではありませんが、大きく見れば単なるone of themということがままあるというのが現実ではないでしょうか。「自分は個性的だ」と言う人に限って、ちっとも個性的ではなく、単にわがままで自意識過剰なだけだとは、千住博も言っているところです。閑話休題。「熊」がこびりついたのなら、いっそ「くまのプーさん」でも買って帰りますか。うはは。
投稿: morio0101 | 2005.01.25 00:22
良かった、ワタシだけではなかったのね、あの歌に苛立っている人が居たのね。
『熊の敷石』を書店で探すけれど何処でも得る事が出来ず(どこも同じ品揃えで困る)そのうち作家の名前を忘れて「熊」だけが脳裏にこびりつき、それが名前なのか作品名なのかすら判らなくなってきました。精進します。
投稿: mi4ko | 2005.01.23 17:06