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2005.01.17

『安井仲治写真集』

写真評論家の飯沢耕太郎は私のピンホール写真を見てこう言った。

テーマとアイディアはよいが、写真はおもしろくない。ピンホール写真は変化に乏しくて飽きる。

なぜ私ごとき者の写真を日本を代表する写真評論家が見たのかということについてはおいおい明らかにすることにして、閑人の暇つぶしの趣味とはいえ、考えさせられることの多いご託宣であった。ああ、退屈な私の写真たち……。

ゴミ箱 ヒルトン 自転車 ボウリング 【退屈な写真たち】

その飯沢耕太郎が「不世出の天才」と呼ぶ写真家がいる。安井仲治である。「美術手帖」2004年12月号は「日本写真史がわかる!」という特集を組み、20世紀初頭から21世紀までの日本を代表する写真家の仕事を一挙に展望する。近年の作家ばかりが注目される中、こうして忘れられがちな歴史を辿るという姿勢は、今と将来を知るために必要不可欠なものである(ちなみに飯沢は昨年9月に『世界写真史』(美術出版社)という書も刊行している。これもまた興味深いものである)。

イントロダクションに続く全5章のうち、第2章と第4章が飯沢の担当になる。その第2章「安井仲治と『新興写真』の時代」において、安井の作品には当時の「写真表現の可能性のすべてが最大限の幅で含まれて」おり、彼の仕事は日本写真史という枠を軽々と飛び越え、同時代の世界の巨匠たちと比較しても決して遜色ないものであると言い切った。まずはこれ以上ないというほどの評価であろう。その圧倒的な凄みは、土門拳の「どうしてぼくにはこんな写真が撮れないのかと、口惜しかった」という言や、森山大道に「安井仲治とは、写真そのものなのです」と言わしめたところからもうかがいしれる。

1930年代、主に関西において展開した実験的先鋭的な写真表現を総称して「新興写真」と呼んだ。その只中に置かれる安井は、被写体の選択や写真表現の技術、作風において傑出した存在であったらしい。しかし、戦前戦中という混乱期でもあり、また安井自身が38歳という若さでこの世を去ったことなどから、彼の写真の全貌を掴むことは難しかった。それが安井生誕100年となる2004年秋の写真展に合わせて、ついにこの天才の偉業を網羅する写真集が刊行された。慶事である。生々しいモノクロ写真の迫力や、実験的とされる表現の数々は、どれも目を悦ばせ見飽きることがない。ここには時代の制約を易々と打ち破った者だけが持ち得る特別な普遍性が広がっている。

充実した内容と立派な装丁を持つこの写真集は、先の展覧会に合わせて刊行されたものであり、おそらく限定販売となろう。広く勧めたい。(共同通信社、2004年11月、4571円)

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コメント

>m4
生まれついての哀しき関西人の性と申しましょうか。上にも書いたように、きっと覚悟がないから晒せるのだと思っています。どの道も踏み込めば踏み込んだだけ迷宮が広がっていると痛感しています。

投稿: morio0101 | 2005.01.25 00:31

自身をネタにしてしまうその姿勢に敬服いたします。
ああ、写真て撮れば撮る程に判らなくなってすくようです。

投稿: mi4ko | 2005.01.23 17:11

>marinさん
ずっしり重い写真集をめくると、前衛的というか実験的というか、現代美術を思わせるような作風で、木村伊兵衛とはまるで違う世界が広がっています。私ももちろん木村は大好きですが、安井のようなのにも惹かれます。

>ゆきこんさん
飯沢が言った「ピンホール写真は飽きる」は、あくまでも私のものに対してだと思います。どれだけ眺めても飽きることのない針穴写真は確かにありますから。ただ鑑賞する側の針穴に対する先入観(偏見?)というのは、評価の高下に大きく影響を及ぼすとも思っています(飯沢耕太郎がそうだとは言いませんが)。私の写真について、きちんとことばをもらったことはありがたかったです。何が物足りないかなんて、なかなか言ってもらえませんからね。

>atcyさん
ありがとうございます。そのことばに救われました。「綺麗」「楽しい」では許してもらえませんでした(笑)。私にはどうにも「覚悟」のようなものが欠落しているようで、その甘さが写真にも出ていると思います。「なぜその場にいるのか」という理由は、まっすぐ写す「覚悟」につながっていくのでしょうね。その後はこのことばかり考えています。

>みちこさん
ご興味がおありなら、ぜひ手に取ってください。値段に見合うか、それ以上の価値を感じられる写真集ですよ。あと、えらいのは向こうであって、私はちっともすごくないので、どうぞご安心(?)ください。

投稿: morio0101 | 2005.01.19 01:00

あ、この方にとても興味を持っていたので、絶対買います。
でも、すごい方に批評して貰える機会がある、という事は、
本当に凄いです。私も、何がどうダメか教わりたいかも(汗

投稿: みちこ | 2005.01.18 00:04

写真の批評というのはとても微妙な領域のもので、それは写真が写真家が其所にいなければ撮影されるはずがない、といった写真のもつ独自性からきていて、その結果、なぜ写真家が其所にいなければならなかったかという命題が常に付いて回ります。逆に言うと、写真家がどうして其所にいたのかという点がクリアーに伝われば、その写真はある一定の評価を得ると思います。
飯沢がどのような批評家であるにせよ、この点は見過ごせないと思うし、見過ごせば攻撃してやればいいのです。何にせよ写真を見せる時には戦略的にセレクトする必要性があると思いますが、もし私なら父と娘がフェリーのデッキでお互いを針穴している写真を中心に選ぶと思います。あれは上記のポイントを易々とクリアーした傑作でしたよ。

投稿: atcy | 2005.01.17 23:49

へー、ピンホール写真は飽きられちゃうんだー。写真って、変化つけないといけないんだー。
勉強になりました。わたしはmorioさんの写真に飽きたことなんかないけど。
でもさすが評論家、morioさんの写真を評論家としてガッツリ正面から評論してくれたんですね。
わたしは某写真家さんに写真を見せた時、キツイことは言われなかったけど絶賛されたわけでもなく、素人写真として扱われたなーという印象でした。シロウトなんだからしょーがないんですが。
不勉強なわたしは今まで安井仲治という人を知りませんでしたが、このエントリーを読んで興味がわきました。図書館で探してみようと思います。

投稿: ゆきこん | 2005.01.17 06:57

morioさん、こんばんは。
先週実家から持ち帰ったばかりの飯沢耕太郎氏の「写真に帰れ・『光画』の時代」を久しぶりに読んでいたところなので、その中で安井仲治の名前を探してみました。雑誌『光画』にただ一点発表されたという「水」という作品が載っています。印刷のせいか前衛的な作風からか、タイトルがなければ水とは分からないような映像ですが、次の頁の木村伊兵衛の作品の方が好きだったので、私の「退屈な」センスでは今まで気に留めたこともない一枚でした。
4571円の写真集については清水から飛び降りるつもりのない私ですが、今後気をつけて他の作品も見てみたいと思います。

それにしても、気になります...何故飯沢耕太郎がmorioさんの写真を...?????

投稿: marin | 2005.01.17 01:45

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