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2005.02.26

玄侑宗久『中陰の花』

羽生未来が亡くなったことをニュースで知った。小さい子供を持つ親が否応なしに見てしまうNHK教育テレビ。ご多分に漏れずわが家も同じ道を辿っていた。娘は保育園に通っていたので、あれこれと見ることはなかったけれど、定番の「おかあさんといっしょ」や「おじゃる丸」などは好きでよく見ていた。

当時の「おかあさんといっしょ」のおにいさんとおねえさんは速水けんたろうと茂森あゆみで、歴代の中でも高い人気を誇る二人であると思う。このコンビによる「だんご三兄弟」のヒットは記憶に新しいところであろう。そしてもう一つ忘れられない番組が「英語であそぼ」である。この幼児向け英語番組の当時(95年〜98年)のおねえさんが羽生未来であった。画面から飛び出さんばかりの溌剌さは、うすらぼけた私の頭に強烈に飛び込んできた。「Welcome to Planet Paradise!!」の掛け声で始まるやいなや、巨大な渦にどんどん巻き込まれるかのような思いのまま、あっという間に番組終了の時間を迎えている。衣装やかぶり物がちょっと変なところもほほえましく好ましかった。まさに「明朗快活」が服を着て歩いているような人で、子供向け番組のナビゲーターとしてはまずはえがたい人物であった。妙な色気を発散し「父親キラー」と呼ばれた茂森あゆみより、断然、私は羽生未来が好きであった(ああ、またそこへ行くかと思った方、期待通りの展開で申し訳ない)。

第125回の芥川賞を受賞した玄侑宗久『中陰の花』。「中陰」とは物語の主人公則道によれば、「この世とあの世の中間」ということである。霊感の強いウメという老婆の死をきっかけにして、彼女に関わりのある人々がそれぞれの生活や人間関係、さらに命そのものを見つめ直すというものであるが、現役の僧侶でもある著者が日々の説法で触れざるを得ない「人は死んだらどうなるの」ということをテーマに、一編の中編として編み上げているのであった。「霊」や「魂」といった物質や数値にできないもの、また生と死の間という体験することのできない時空間、これら決して現代科学の分析対象とはなりえない現象を、なにゆえ宗教や信仰は実体化したもののように捉えてきたのか。むろんこの小説にはその答えはないし、それをわかりやすく解き明かす義務もない。そういう「不確かな存在」とともにある我々の生活とはどういうものか、それを娯楽として一書にものしたことに価値があると思われる。内容は固いが読後感は柔らかい。なお玄侑宗久には『死んだらどうなるの?』(ちくまプリマー新書)という、その名もズバリの新刊もある。こちらについてもいずれ述べてみようと思う。(文春文庫、2005年1月)

羽生未来のファンサイトの掲示板は、惜別のことばであふれかえっている。49日で迎える満中陰、とすれば、「みくおねえさん」は今「中陰」の真直中で「花」に包まれながらこの世のことを思い、彼岸の旅への支度をしているということか。長く番組を楽しんだ者として、心からご冥福をお祈りする。

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2005.02.24

毎度お馴染み PostCard Project3

concorde第1回、第2回に引き続き、今回もPostCard Project3に参加した。大海原に投げ込んだボトルメールのように、誰のポストカードが誰の所に届くのか、蓋を開けてみるまでまったくわからない。

どんなカードが来るのかと心待ちにしていたところ、すなーくさん特製「切り絵レオナルド・ダ・ヴィンチ」カードが届いた。すごい! この細やかさと丁寧な造りにメロメロです。鋭い眼光対決ということで、初代ゴジラと睨み合っていただいた(意味なし……)。全体のデザインや色、風合いはいずれ公開されるであろう「exhibition」で御覧になって下さい。すなーくさん、どうもありがとうございました。きちんと飾らせていただいております(郵送中の破損もありませんでした)。

ちなみに私のカードはmamaさんのところに届いた。何となくいろいろな縁を感じる楽しい企画である。毎回、事務局を引き受けて下さるsuguluさんには心から感謝します。またよろしく。

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2005.02.21

お暇なら来てよね

concorde昨年の4月から大阪府吹田市にある彩都メディア図書館が主催する写真表現大学に通っていた。作品制作コースという講座に入り、隔週の日曜日、朝から夜まであれこれとやっていた(あれこれって何だ!?)。講座の詳細はサイトで見てもらうことにして、このブログで取り上げていた丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に行った話とか、澤田知子、椎名誠、森山大道、鈴木理策、石内都、そして飯沢耕太郎などは、すべてこの講座絡みの話であった。飯沢に言われたことばは未だにひっかかっていて、すっかりトラウマ(笑)。

さてそんなトラウマを抱えながらも、なんとか最後の修了展を迎えることになった。大阪市西天満界隈の4つのギャラリーで約60名の作品が展示される。

2004年度 写真表現大学修了展

■開催期間
 2005年2月28日(月)〜3月5日(土)

■開催場所
 Early Gallery (12:00〜19:00)
 ギャラリー白3 (11:00〜19:00) ←私はここ
 CITY/GALLERY (11:00〜19:00)
 千スペース (11:00〜19:00)

※周辺地図はこちらで。

私はピンホール写真をテーマにしてきたので、10点の展示もすべてそれになる。関西エリアかつ平日ということを考えると、気楽にお誘いすることはできないのだけれど、お時間があれば、ぜひ飯沢耕太郎の言う「退屈なピンホール写真」(しつこい!)を見に来て下さい。もちろん私以外の人たちの素晴らしい写真もたくさんあります。私も店番(?)をするはずなので、「いつもブログで偉そうなことばかり吠えているのはどんなやつだ」という方も、ぜひどうぞ。まずはお知らせまで。

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2005.02.19

千住博『絵を描く悦び』『美は時を超える』

『絵を描く悦び』は、千住博が副学長を務める京都造形芸術大学やその他の大学での講義を活字にしたものである。一方『美は時を超える』は、2003年に放映されたNHK人間講座「美は時を超える」をもとに新書化したものである。いずれも千住が手を抜かずに書いているという迫力がストレートに伝わってくる。

「何を描かないか」「何を伝えるか」「何を描くか」「何で描くか」「何に描くか」という5章で構成される『絵を描く悦び』では、絵を描くこととはいかなる営為であるかという創作活動の根源的問題について、徹底的に考え抜こうとする。一書の冒頭で「絵を描くということは、自分にないものを付け加えていくことではなくて、自分にあるものを見つけて磨いていくこと。自分の良さを磨いていくことです」と語る千住。彼はまた自分にないものを付け加えようとすると、結局、他人を紹介するばかりで自分を見失うことになるとも言う。これらの言、すなわち絵を描くための心構えが、読み進めていくにつれてやがて人の生き方までをも想起させる。ここには真に優れたもののみが持つ説得力があり、普遍性がある。本書には引用したくなる至言が鏤められており、引き始めるとキリがないほどである。そのどれもがアフォリズムとして昇華していると言ってもよい。「一意専心」ということばをしみじみと思い返す(私はしばしば忘れて……)。

他方、『美は時を超える』では世界の美術史を辿りながら、「芸術とは何か」ということを語ろうとする。アルタミラの洞窟画から始まり、モネ、中国水墨画、日本の古典美、ハドソンリバー派、二十世紀アート、そして新世紀の9・11の衝撃まで、千住の創作活動に多大な影響を与えたものに言及していく。ここで学ぶべきは、世界ときちんと対峙した後、それらを自分の力なりに咀嚼し消化吸収していく重要さであろうか。歴史の学び方ではなく、歴史との対話の仕方を学ぶことになろう。

一読の価値あり。才気走った文章に高慢さや説教臭さを感じさせるかもしれない。私は気にならなかったけれど。(ともに光文社新書、2004年5月・2004年12月)

ということで、ため息の出る千住三兄弟妹……。
千住博@日本画家
千住明@作曲家
千住真理子@ヴァイオリニスト

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2005.02.16

犬猫

concorde「広告」2004年11月号は二大特集が組まれていた。一つは戦後高度成長期の象徴である新幹線の存在意義を考える「天才! 新幹線」。そしてもう一つが「女の子のための日本映画講座」である。なにゆえ「女の子」に限定するのか、私にはよくわからない。この雑誌って女性誌なんですか? いや、それはともかく、まず特集のアタマに麻生久美子のオールカラー6頁記事があるのがよい。さらに本編に寄稿している人も一癖二癖ある強者が揃っていて読み応えがある。穏当な日本映画史紹介では決してないけれど、当たり障りなく並べてもおもしろくないですしね。

さてその特集の中に「ガールズ・ムーヴィおススメ10」というコーナーがある。タイトルを列挙してみよう。

「HOUSE」「ふたり」「濡れて打つ」「1999年の夏休み」「ラブ&ポップ」「キューティーハニー」「blue」「二人が喋ってる」「ジョゼと虎と魚たち」「櫻の園」「ジャンケン娘」「ひばり・チエミの弥次喜多道中」
新旧硬軟いろいろ揃っている(笑)。

上記記事では、昨年2004年はガールズ・ムービーの「秀作が立て続けに現れた年として記憶される」として、「下妻物語」(深田恭子・土屋アンナ)、「花とアリス」(鈴木杏・蒼井優)、「犬猫」(榎本加奈子・藤田陽子)の三本を掲げ、「この三本が登場しただけでも、2004年の日本映画は明るかった」と締めくくる。「下妻物語」「花とアリス」の両作はともに大のお気に入りで、それをここで語り始めるとキリがなくなるのでやめることにして(笑)、残る「犬猫」がようやく関西で公開されたので、早速喜び勇んで見に行ってきた。

幼稚園時代からの幼なじみで、性格は正反対なのに好きなものは一緒という二人の女性の関係を、時にコミカルに、時にシリアスに描く。榎本加奈子演ずるヨーコと藤田陽子のスズの妙にずれたコンビネーションが楽しい。ヨーコとスズはこれまで一人の男を奪い合うという修羅場をくぐり抜けてきており、この映画でも古田(西島秀俊)と三鷹(忍成修吾)の存在が二人の関係を微妙なものにする。この「仲がいいんだか、悪いんだか(映画のコピー)」というどこにでもありそうな人間関係を見るにつけ、この映画のタイトルが「犬犬」でも「犬猿」でもなく「犬猫」であることが、兪として巧妙に働いていると思わされた。十代ならではの疾走感を持つ女子高校生を描く「下妻物語」「花とアリス」とは異なり、それなりに酸いも甘いもかみ分けた二十代後半の女性の哀愁がほどよく形象化されていると思う。

見ているものを驚かせるようなドラマは何も起こらない。すぐそこにある日常生活を営む二人の女性をそのまま掬い取る。奇跡の大作ではなく珠玉(ちょっと褒めすぎ)の小品。あけすけな言動があまり好きではなかった榎本加奈子を見直した。藤田陽子もよい。テアトル梅田で鑑賞。

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2005.02.13

乙川優三郎『生きる』

無自覚かつ自堕落に日々を過ごすことの多い私ではあるが、「この先どうなるのだろう」と考えることも年に数回くらいならある。それにしたって社会とか他人とかなどというところにまでは気が回らなくて、脳裏をよぎるのはもっぱら自分のことばかりである。こんな狭量な男ですが、どうぞお許し下さい(誰に言っているのだろう)。

本書には「生きる」「安穏河原」「早梅記」の三編を収める。いずれも江戸時代を舞台にした時代小説である。それぞれの物語はもちろん別のものであるが、各編の主人公はほぼ共通した状況に置かれる。すなわち避けがたい宿命、運命によってもたらされる不如意な生を生き続けるというものである。やりきれない状況下で生き続ける意味、生き抜くことの困難さを問う。彼らは、主君に忠実であったり、世渡りに不器用であったり、時代の価値観に従っただけだったりと、特に決定的な落ち度があるわけではない。なのにこの生きにくい世と言ったら!

江戸時代のディテール(追腹を切る・娘を女郎にする・使用人を妻にできない)にこだわることで、「生きる」意味について、時代を超える普遍性を手に入れている。もがきながら生きる主人公たちの姿は、どこか既視感がある。いや、自身の体験と重なるものがきっとあるだろう。乙川が直木賞を受賞した際にこう言う。

才能もなく苦しいことばかりなのに小説を書いてゆこうと思うのは、私のようなものでも書き続けてさえいれば、ある日まぐれで素晴らしい作品が生まれるかも知れないという一縷の望みがあるからである。

何ごとにも緩い私には天啓のように響く。再読味読したい。2002年第127回直木賞受賞。(文春文庫、2005年1月)

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2005.02.11

このごろのできごと

その1
近所のファミリーマートでジャムパンとマンゴーラッシーを買った。アルバイトの店員が「パンをあたためますか?」と私に聞いた。「へっ、いま何と?」と言いたくなったが、「そのままで」とクールに答えた(ジャムパンごときでクールもない……)。世間にはジャムパン(もちろんイチゴジャム)を温めて食べる人がいるのだろうか。そういえば、映画「銀のエンゼル」にはバナナを温めてもらう客がいたなぁ。一度そのあたりのことを道民と膝を交えて小一時間ほど語り合いたいものである。

その2
松山猛『少年Mのイムジン河』(木楽舎、2002年6月)を読んだ。映画「パッチギ!」の原案になった本である。ザ・フォーク・クルセダーズと縁の深い松山の若き日の話を読むにつけ、ますますフォークルの曲が聴きたくなった。堅苦しく偏向気味の道徳本よりよほど啓蒙的である。

その3
田中麗奈の艶聞にショックを受けた。ああ、そんな……。最近落ち目だしなぁ。

その4
村上春樹・佐々木マキ『ふしぎな図書館』(講談社、2005年2月)も読んだ。新作かと思いきや、『カンガルー日和』(講談社、1983年)に収められていた「図書館奇譚」をリライトしたものだった。村上ファン、佐々木ファン以外にはあまり意味のない本かも。1429円と高いし。

その5
朝から大騒ぎの吉野家牛丼の限定復活。牛丼をほとんど食べたことのない私としては、開店前から狂奔疾駆する人々をニュースで眺めるのみである。いつも密かに楽しんでいる山崎絵日和のヤマサッキさんの気持ちがよくわかる。それにしてもワゴン車で店に突っ込んだおじさんは、無事に牛丼を食べられたのだろうか(超高級フレンチフルコースよりも高い牛丼になったはず……)。

その6
タイムスリップグリコ 大阪万博編を買った。三つ、買った。お祭り広場、みどり館、ワイヤレスホンだった。どうしても太陽の塔がほしい。ついでに三波春夫も。春夫には今はなきエキスポタワーがついている。やっぱりどうしてもほしい。集めてどうするのだという問いつめには答えず(笑)。

その7
大塚愛の新曲「黒毛和牛上塩タン焼680円」の歌詞って、ちょっとエロいですね(ジェンダーの観点からは微妙な内容なんですが)。

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2005.02.09

パッチギ!

実家の母親が韓流ドラマに夢中である。私はといえば、何も見たことがない。テレビも映画も。あんまり無下にするのも気の毒なので、「冬のソナタ」のサントラCDを買って持っていったら、そればかり聴いている有様である。いや、私にはよくわからないのですがね。しかし、ペ・ヨンジュンやイ・ビョンホンが来日する度に中年女性を中心として追っかけが出現し、韓国のロケ地ツアーにも大挙して押しかけるという騒ぎなどを見るにつけ、これはこれで立派な文化交流かもしれないなと思ったりもするのであった。少なくとも汚らしい偏見や差別感から自由なところは、まちがいなくすばらしいと言える。相手を知ることは愛するために必要だから(うちの母に限って言えば、冷蔵庫に「ヨン様」の切り抜きを貼るのだけは辞めてほしい……)

concordeさて1968年の京都を舞台にした井筒和幸監督の「パッチギ!」。これは掛け値なしにいい映画だと思う。前作の「ゲロッパ!」は井筒監督の思いが空回りをし、西田敏行の芸以外はまったく語りようがない映画だっただけに(少なくとも私には)、「パッチギ!」の鮮やかさには心が震える思いがした。ここには「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊」の若さと野性味、「のど自慢」の叙情とユーモアがあり(いずれも井筒監督の代表作)、さらには「ロミオとジュリエット」や「ウエストサイドストーリー」などの古典的名作の恋愛のエッセンスもふりかけられている。井筒映画の集大成的性格を持っている本作は、監督のキャリアの中で大きな節目となるはずである。

京都の公立高校に通う松山康介(塩谷瞬)は、親善サッカーの申し込みに行った朝鮮高校でキョンジャ(沢尻エリカ)に出会う。キョンジャに一目惚れした康介は、彼女がフルートで演奏していた「イムジン河」を流行のフォークギターで熱心に練習する。祖国への帰国を決意したキョンジャの兄アンソン(高岡蒼佑)を祝う宴会で2人は合奏し、そのかいあって康介は彼らの輪に入ることができた。しかし、アンソンら朝鮮高校の生徒たちは日本人高校生との抗争を激化させる。康介は「在日」の悲劇をつきつけられ、アンソンは憎悪に身を焦がすばかりである。果たして彼らの未来はどうなるのか、そして康介とキョンジャの恋愛は……。

映画は日本人である松山康介と朝鮮人キョンジャの恋愛を軸として進む。その恋愛ストーリーにまとわりつくように様々な要素が盛り込まれるけれど、中心軸がぶれないため映画は一環して心地よいスピードで走り続ける。ここで効果的に使われているのがザ・フォーク・クルセダースの楽曲である。伝説の「イムジン河」に始まり、「悲しくてやりきれない」「あの素晴らしい愛をもう一度」の3曲が、あたかも映画の主題を受け渡しするかのように、若い二人や両国民の状況を的確に示しながらリレーされる。しかもこれらの曲は劇中の人によって自然に歌われる。台詞で心情を吐露する以上に強い印象を受けた。クライマックスの康介の「イムジン河」絶唱は涙腺の緩くなったおっさんにはメガトン級のパンチであった(笑)。「イムジン河」は現実の南北朝鮮問題を象徴するとともに、康介とキョンジャの間に横たわる壁、克服すべき存在として存在するのだった。

在日問題を扱っているからといって、「GO」(行定勲監督)のようなわざとらしさがなく、きちんと真正面から向き合っている点にも好感が持てた。全編にわたって1960年代の文化や社会のありようが描かれる。しかし、それらを知らなくとも映画の世界にしっかり沈潜して楽しむことができるだろう。温かな気持ちになるエンディングにおおいに救われる。小さい頃から知っているちょっと怖いことば「パチキ」。その語源たる「パッチギ」。「突き破る」とか「乗り越える」という意味を持つこの語は、映画の主題を見事に語り尽くしているだろう。ワーナーマイカルシネマズ茨木で鑑賞。

追記:9日にワールドカップアジア最終予選「日本対北朝鮮」が行われた。キョンジャの兄アンソンは、祖国でサッカー代表選手になり、ワールドカップに出場することを夢見る少年である。この試合でさまざまな感情を呼び起こされた人にぜひこの映画を観てもらいたい。

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2005.02.07

橋本治『ちゃんと話すための敬語の本』

筑摩書房から新しい新書シリーズが創刊された。ちくまプリマー新書である。第1回発売分として、内田樹『先生はえらい』、玄侑宗久『死んだらどうなるの?』、最相葉月『熱烈応援! スポーツ天国』、吉村昭『事物はじまりの物語』などとともに橋本のこの敬語本もラインナップに加えられた。装幀がとても洒落ているなと思ってよくよく確かめてみると、クラフト・エヴィング商會が担当しているではないか。つい全部買いたくなったけれど、さすがにそれはやめにした。キリがない。

「ちくまプリマー新書」は、「プリマー=入門書」という名にふさわしく、これまでの新書よりもベーシックで普遍的なテーマを、より若い読者の人たちにもわかりやすい表現で伝えていきます。彼らの知的好奇心を刺激し、それに応えられるものを目指します。学校でも家庭でも学べない大事なことを、「近所のおじさん、おばさん」のような立場から、わかりやすく、まっすぐに伝えていきます。そして、若い読者にもちゃんと伝わるような本は、他の年代の読者にとっても有意義なものになるはずです。

「創刊のあいさつ」にはこうある。これまでの教養主義の「オカタイシンショ」とは一線を画し、いわゆる啓蒙的入門書として位置づけているようである。岩波ジュニア新書とかぶる部分も多そうだが、あちらよりも幅広い話題を扱い、より広い年齢層を狙っているとおぼしい。今後の刊行予定を見ても、一般受けしそうなタイトルが居並んでいる。もちろんそれはそれで悪くはない。内容の確かな読み応えのある本が刊行されるなら、喜ばしいことである。ただ橋本のこの本を読んだかぎりではかなりあやしいかもと思わされるのも正直なところである。

敬語については、日本語学、言語学のことばの専門家はもとより、哲学・歴史学・社会学・民俗学など広範な分野からの発言がなされており、これに関する書籍や論文も枚挙に暇がないほどである。「日本語の乱れ」といえばまず取り沙汰されるものでもあり、マナーや面接関連の実用書では必ずと言っていいほど取り上げられている。我々のすぐ傍にありながらそれについてよくわからない、嫌な感じがするけれど、さりとてまるっきり無視するわけにもいかないというのが日本語の敬語ではないだろうか。

「正しい敬語の使い方を教える本」ではないと橋本は言い、「いったい敬語ってなんなんだ?」ということを考える本であると続ける。その趣旨をとやかく言うものではない。むしろ日本語および日本の歴史や社会を考える上で、きわめて重要なことであろう。敬語を「敬意」ではなく「人と人の距離」を表すことばとするくだりは広く知られるべきである(もっとも術語「待遇表現〈=人をどう位置づけるか、どう距離を取るかの表現、上げる場合も下げる場合も含み持つ〉」に触れないのはどうかと思う)。しかし、肝心の橋本の開陳する知識と説明があまりにも杜撰に過ぎる。

突っ込みどころが満載の本書、たとえば敬語を素朴に尊敬語・謙譲語・丁寧語の三分法(日本語学ではすでに荒い分類としても成立しないとされる、便宜的な利用価値があるという一点でのみ生き残っている)で説明するのはまぁよしとしよう、ところがその三分法の説明で「尊敬の敬語と謙譲の敬語は、自分よりワンランク上の人に使うが、丁寧の敬語は、相手のランクとは関係がない。」とするのはいかがなものか。橋本は丁寧語を自己の品格保持を目的とする美化語(「お」菓子、「お」酒など)や「今日」を「本日」などとする改まり語などと完全に混同しており、「対話の中に現れる話し手の聞き手への配慮の表現(です・ます・ございます)」という本来の性質を軽く扱ってしまっている。また別の例では、「申し上げる」を「申す」+「あげる」と分解し(ここからすでに?)、「申す」より一段高い敬意があるなどとするくだりなどにも驚かされた。ここでは啓蒙どころか、誤った知識を大きな声で叫ぶという罪作りなことまでしている。この両語は使い方に質的な差があり、決して単純な敬意の差で分別されているのではない。次の例を見られたい。

○私は弟にそう申しました。
×私は弟にそう申し上げました。

前者は成立するが、後者は成立しがたい。これは「申す」と「申し上げる」では話し手の待遇意識の指向する先が明らかに違うからである。「申す」は補語(この例では弟)に向かわない。一方の「申し上げる」は向かう。後者に違和感を感じるのは、私が弟に向けて待遇意識(敬意とひとまず言い換えてもよい)を働かせているような表現をしてしまっているからである。平民が床に土下座して殿様に「申し+上げる」などと説明するようなことばではない。他にも人称代名詞の話題なども相当怪しいと思うが、こういう誤りは少し関係の文献をあたれば避けられるものである。そういう当たり前の手続きを踏まないという姿勢に、なんとなく「プリマー=入門書」だからこの程度でよいだろうという意識が見え隠れし、結果「学びの初心者」を馬鹿にしているように思ったのであった。

橋本治は筑摩にずいぶん気に入られているようで、3月に刊行になる第2回発売分にも『勉強ができなくても恥ずかしくない』がある。東大卒の小説家にそんなことを言われてもなぁ。皮肉にしか聞こえない。なお念のために申しておくけれども、橋本治の一連の日本古典文学に関する仕事(『桃尻語訳枕草子』『窯変源氏物語』など)には大いに敬意を表するものである。だからこそこの本でもきちんと敬語を扱ってほしかったと残念に思う。このエントリー、長すぎ……。(ちくまプリマー新書、2005年2月)

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真珠の耳飾りの少女

concorde「真珠の耳飾りの少女」はむしろ「青いターバンの女」というタイトルで知られているのではないだろうか。十七世紀に活躍したオランダの画家フェルメールの代表作である。もう4,5年も前のことである、天王寺にある大阪市立美術館でフェルメール展が開かれた際、この絵も展示されていた。残念ながら私は行けなかったのだが、観てきた人に聞くと、それはもうたいへんな混みようであったという。同時代の巨匠であるレンブラントやルーベンスはもとより、日本で高い人気を誇る印象派の諸作家並の注目度であるといえよう。しかし、その人気に比してフェルメールには謎が多く、この「青いターバンの女」の成立事情に関しても、ほとんど何もわかっていない。英国の小説家トレイシー・シュヴァリエはこの絵から受けたインスピレーションを虚構の物語としてまとめた。映画「真珠の耳飾りの少女」は、このシュヴァリエの小説を原作とする。

失明した父親に代わって家計を支えるために、グリート(スカーレット・ヨハンソン)はフェルメール(コリン・ファース)家へ奉公に出された。忙しい上に辛いことも多い日々ではあったが、アトリエで目にする絵の美しさに慰められている。グリートが優れた色彩感覚の持ち主であることに気づいたフェルメールは、自身のアトリエで絵具を調合する仕事を手伝わせるようになる。やがてグリートの存在はフェルメールの創作意欲そのものを高めるようになっていく。ついに彼の芸術的感覚は主人と使用人の関係すら乗り越えようとする。しかし、その行為は破滅的な結末に至ることを意味していた。フェルメールの妻の耳飾りを着け、絵のモデルとなるグリート。二人の関係はどうなるのか、そしてこの絵の運命は……。

最大の謎である絵のモデルの少女をフェルメール家の使用人とする。そして彼女とフェルメールを取り巻く人間たちの愛憎劇として全編を構築している。ここでは絵の少女の謎めいた表情をフェルメールとの禁断の悲恋に悩むそれと読み取っているのであった。この趣向は奇を衒うことがないものの、恋愛ものとしてはあまりにもストレートすぎて(意外性がないとも言える)、やや物足りなさを感じさせる。フェルメールの芸術活動が一家の生計の支えであることを強く自覚する義母以外の者たちからグリートが迫害されるのも、いわばお約束の展開であろう。このように脚本部分は古典的手法が踏襲されており、あえて語るべき点はあまりないように思った(もちろんそれが悪いということではない)。

一方、画家を中心に置く映画らしく、光と影、色彩の配置に関して、非常に細やかな心配りがなされている。映画の冒頭でグリートが野菜を調理する場面の色遣いの瑞々しいこと! 美術やセットなども中世ヨーロッパを彷彿とさせる重厚さ、美しさがあった。俳優ではグリートを演じたスカーレット・ヨハンソンの知的な佇まい、抑制の利いた演技がすばらしい。「ロスト・イン・トランスレーション」とはまるっきり異なる役柄だが、どちらも違和感なく見せるということは、この俳優の力のほどを知らしめていると思う。それにしてもヨハンソンと「青いターバンの女」、作り込んでいるとはいえ、本当によく似ている。

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2005.02.04

草間彌生を見に京都へ行く

concorde行こう行こうと思いながら、雑事が積み上がったり、寒かったり、寝坊をしたりで、気がついたら終了まであと10日しかないということになってしまった。最低気温が氷点下という予報をものともせず(嘘、ちょっとめげていた)、京都国立近代美術館で開催中の「草間彌生展 永遠の現在」にでかけてきた。

鞄にローライコードを放り込み、ブロンプトンで最寄りの駅まで走る。京都はまだ前日の雪が残っているらしいので、ブロンプトンは駅前スーパーの買い物客の自転車の列に紛れ込ませておいた(あとで痛い目に、涙)。阪急京都線の終点、河原町駅から鴨川方面へ歩いていくと、ところどころに雪が残っているのが見える。京都のこのあたりは実に久しぶりで、昨年5月のfotologミートアップ以来である。あの日も散策した白川・縄手近辺でカメラを振り回す。平日(しかも寒い)ゆえほとんど人がいない。白川の疎水に沿って平安神宮まで歩く。いつ来ても、この辺はいい風情である。朱がまぶしい平安神宮の鳥居が見えたら、京都国立近代美術館に到着である。

草間彌生の作品は現代美術展で他の作家のものと並んでいるのを見たことがあるだけで、単独の展覧会に行くのは初めてである。草間といえば特徴的なドット模様がよく知られていると思うけれど、今回は1980年代以降の作品に初期の代表作を交えての構成になっており、彼女の活動の大きな流れを知ることができる。順を追って見ていると、どんどん愉快な気分になってくる。わかるとかわからないとか、そういうことはどうでもよくて、ひたすら気持ちがよいなぁと思うばかりであった。そして私は草間の作ったモノに触りたくて仕方がなかった。目だけでなく触覚でも感じてみたかった。あの特徴的な形態や素材は、触れてこそさらにあれこれと感じることができると思う(もっとも作品の保護を考えるとそれは無理な相談であろう)。ともあれ、表情も脳内も緩みっぱなしのまま、3階の展示会場をぐるぐると巡り続けるのであった。いやはやなんとも。

concorde草間作品との悦楽の時間を過ごした後は、ついでに常設展示会場でアンセル・アダムスの美しいがちょっと単調な写真(不遜!)なども眺め、締めくくりにショップで図録と持ってもいない携帯電話用ストラップ(どうする気だ)を購う。夢心地で美術館を出ると、待っていたのは強烈な寒さ。いきなり現実世界に引き戻された。ああ。三条あたりまで戻り、古書店などを冷やかしてからイノダコーヒーに向かった。またそこで図録などを広げ一人ニヤニヤ。帰りの阪急電車でもニヤニヤ。

余談:これで終われば「本日もめでたしめでたし」であるが、おまけがある。帰り着いた駅で上に書いた「痛い目」が私の前に立ちはだかった。自転車を止めた場所に戻ると、なんとブロンプトンがない! ワイヤ錠3本で固定していたのに。しかし、盗まれたのではないことは明白である。なぜならなくなっているのは私の自転車だけではなかったからだ。つまり不法駐輪車両として一斉に撤去されていたのであった。ぎゃ。自業自得。自らの行為を呪いながらトボトボと愛車を引き取りに行きました。保管料三千円(プラス切断されたワイヤ錠)が寒空に消えていきました……。皆さんも自転車は定められた場所に止めるようにしましょう(言う資格なし>私)。

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2005.02.02

ヴォルフガング・ティルマンス『コンコルド』

concorde二月一日。「映画の日」だから何か見に行こうと考えてはみたものの、あまりの冷え込みと強風にその気力をどこかに持っていかれてしまった。たまった仕事を片付けたり、積み上げた本を読んだり、「グランツーリスモ4」でニュルブルクリンクを走ってみたり。何となく一点に集中できない気分で午後を過ごしていた。そこに……。つれあいが注文していたiBook G4が配達されてきた。ああ、うう(自分もほしいらしい、と他人事のように言ってみる、でも昨日発売されたPowerBook G4にもっとクラクラしている、iMac G5 20inchもほしい、言うだけならタダ、ついでにバイクフライデーのポケットロケットプロもほしいと言っておこう)。呻きながら頼まれていたセットアップをする。新しいマシンに触るのは気持ちがいい。合わせてAirMac Extreme Base Stationも届いたので、さっそく家庭内LANに組み込む。あっという間に無線環境が完成した。なんて簡単なのだろう。ワイヤレスの快適さはきっと癖になる。とても未来的。

そんなこんなで煩悩に振り回されながら、最近はろくにピンホール写真も撮らず、月末に迫ってきた写真展(またご案内します、よかったら来て下さい)に出すのはどれにするのだなどと悩みながら、近頃よく手にするのはヴォルフガング・ティルマンスの『コンコルド』である。

どの写真にも必ずコンコルドが写っている。しかし、これは通常の航空機写真集ではない。英国の厚く重く垂れ込めた雲を背景に飛ぶ三角形。どんなに小さくても見紛うことのない特異な形。その姿は醜悪なのにとても美しい。そして次に感じるのは、なぜこんなものが存在するのかという違和感である。人類は未来を夢見、その未来を現実としたものの、どうやらそれは祝福されるものではなかった。紗のように霞がかかった画面は異形の飛行物体のその後を暗示するかのようである。あまりにも切ない。ティルマンス自身がこの写真集について、「未来に対する憧憬と、ちょっと物悲しいメランコリーを同時に感じることができると思う」と述べているが(全文はこちら)、作家の思惑をはるかに越えて、コンコルドの叙情性がこの写真集全体から溢れていると思う。かの機は象徴性において希有の存在だった。

2000年7月25日、エールフランスのコンコルドがシャルル・ドゴール空港を離陸、直後に炎上して墜落するという大惨事が発生した。その後1年以上の運行停止を経て再登場したものの、2003年10月24日をもって二度とコンコルドが空に舞い上がることはなくなった。諸般の事情があったようだが、インターネットを中心とする情報処理の高度化高速化により、生身の人間が高速に移動する必要性が減ったことも、廃止の大きな要因となったらしい。とても快適なワイヤレス通信を可能にする丸い円盤(AirMac Extreme Base Station)を横目で見ながら、コンコルドとの間に径庭はそれほどないのではないかと思ったりもする。(Verlag der Buchhandlung Walther Konig 、1997年)

コンコルド搭乗記サイト。マッハ2で飛行中の機内動画などがあり。

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