« このごろのできごと | トップページ | 犬猫 »

2005.02.13

乙川優三郎『生きる』

無自覚かつ自堕落に日々を過ごすことの多い私ではあるが、「この先どうなるのだろう」と考えることも年に数回くらいならある。それにしたって社会とか他人とかなどというところにまでは気が回らなくて、脳裏をよぎるのはもっぱら自分のことばかりである。こんな狭量な男ですが、どうぞお許し下さい(誰に言っているのだろう)。

本書には「生きる」「安穏河原」「早梅記」の三編を収める。いずれも江戸時代を舞台にした時代小説である。それぞれの物語はもちろん別のものであるが、各編の主人公はほぼ共通した状況に置かれる。すなわち避けがたい宿命、運命によってもたらされる不如意な生を生き続けるというものである。やりきれない状況下で生き続ける意味、生き抜くことの困難さを問う。彼らは、主君に忠実であったり、世渡りに不器用であったり、時代の価値観に従っただけだったりと、特に決定的な落ち度があるわけではない。なのにこの生きにくい世と言ったら!

江戸時代のディテール(追腹を切る・娘を女郎にする・使用人を妻にできない)にこだわることで、「生きる」意味について、時代を超える普遍性を手に入れている。もがきながら生きる主人公たちの姿は、どこか既視感がある。いや、自身の体験と重なるものがきっとあるだろう。乙川が直木賞を受賞した際にこう言う。

才能もなく苦しいことばかりなのに小説を書いてゆこうと思うのは、私のようなものでも書き続けてさえいれば、ある日まぐれで素晴らしい作品が生まれるかも知れないという一縷の望みがあるからである。

何ごとにも緩い私には天啓のように響く。再読味読したい。2002年第127回直木賞受賞。(文春文庫、2005年1月)

|

« このごろのできごと | トップページ | 犬猫 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/2836642

この記事へのトラックバック一覧です: 乙川優三郎『生きる』:

« このごろのできごと | トップページ | 犬猫 »