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2005.02.19

千住博『絵を描く悦び』『美は時を超える』

『絵を描く悦び』は、千住博が副学長を務める京都造形芸術大学やその他の大学での講義を活字にしたものである。一方『美は時を超える』は、2003年に放映されたNHK人間講座「美は時を超える」をもとに新書化したものである。いずれも千住が手を抜かずに書いているという迫力がストレートに伝わってくる。

「何を描かないか」「何を伝えるか」「何を描くか」「何で描くか」「何に描くか」という5章で構成される『絵を描く悦び』では、絵を描くこととはいかなる営為であるかという創作活動の根源的問題について、徹底的に考え抜こうとする。一書の冒頭で「絵を描くということは、自分にないものを付け加えていくことではなくて、自分にあるものを見つけて磨いていくこと。自分の良さを磨いていくことです」と語る千住。彼はまた自分にないものを付け加えようとすると、結局、他人を紹介するばかりで自分を見失うことになるとも言う。これらの言、すなわち絵を描くための心構えが、読み進めていくにつれてやがて人の生き方までをも想起させる。ここには真に優れたもののみが持つ説得力があり、普遍性がある。本書には引用したくなる至言が鏤められており、引き始めるとキリがないほどである。そのどれもがアフォリズムとして昇華していると言ってもよい。「一意専心」ということばをしみじみと思い返す(私はしばしば忘れて……)。

他方、『美は時を超える』では世界の美術史を辿りながら、「芸術とは何か」ということを語ろうとする。アルタミラの洞窟画から始まり、モネ、中国水墨画、日本の古典美、ハドソンリバー派、二十世紀アート、そして新世紀の9・11の衝撃まで、千住の創作活動に多大な影響を与えたものに言及していく。ここで学ぶべきは、世界ときちんと対峙した後、それらを自分の力なりに咀嚼し消化吸収していく重要さであろうか。歴史の学び方ではなく、歴史との対話の仕方を学ぶことになろう。

一読の価値あり。才気走った文章に高慢さや説教臭さを感じさせるかもしれない。私は気にならなかったけれど。(ともに光文社新書、2004年5月・2004年12月)

ということで、ため息の出る千住三兄弟妹……。
千住博@日本画家
千住明@作曲家
千住真理子@ヴァイオリニスト

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コメント

>ぽた郎さん
私もへなちょこな肩書きならいくらでも並べられますぞ。にしても、ぽた子さんのことを勝手に「毒舌」なんて書いていいのでしょうか。騒動にならないことをお祈りします(笑)。

投稿: morio0101 | 2005.02.19 22:53

肩書きだけだったら,ウチも負けないゼ!
ぽた子@軟弱毒舌家
ぽた郎@軟弱ポタリスト
・・・・・・・・・・・・・・スンマセン m(_._)m

投稿: ぽた郎 | 2005.02.19 02:44

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