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2005.03.11

トニー滝谷

一生かかっても着尽くせないほどの服を買い続ける女と、その女を失い孤独の淵に沈む男の物語。

映画を観た後に、久しぶりに村上春樹の『レキシントンの幽霊』(文藝春秋、1996年)を書架から取り出して、「トニー滝谷」を読み返した。市川準監督の「トニー滝谷」は小説と同じ空気感、同じトーンで貫かれている。小説と映画が同じになる必要はない。しかし、これは村上春樹の小説が要請した必然であると、市川自身が映画のパンフレットの中で語っている。

この映画のあらゆる映像が、現実の具体的な場所や物では描けないというイメージを抱きはじめ、いままでの自分の映画のようにリアルな世界で描くと、この小説に流れている透明感や、温度の低さを表現できないし、村上春樹ファンを裏切ることになる、と思い始めました。
小劇場のようなシンプルな舞台を高台の空き地に建てて、その舞台の微妙なアングル替えと、簡単な飾り替えだけで、ほとんど全てのシーンを撮影したことも、主人公の男女二人にそれぞれ二役を演じてもらって登場人物を極力少なくしたことも、プリント手法に脱色処理を施して色調を浅くしたことも、全て村上春樹氏の、硬質でありながらも、現実の地上から何センチか浮いているような小説世界が、いつのまにか私に要請したことだったと、今になって思います。

西島秀俊による、ほぼ小説に忠実なナレーション(穏やかな語り口)に従って、映画は淡々と進んでいく。屋外に組まれた必要最小限のセットが場面ごとに象徴的にはたらいており、西島の朗読と相まって、まるで小劇場の舞台を見ているかのようなライブ感がある。確かに市川の言うように、完璧なセットのもとリアルで具体的な描写を積み重ねても、あの世界観は出すことができなかったと思われる。

とりわけ印象的なのは、オープンセットならではの風である。吹き抜ける風に揺れる髪や衣装がとても心地よい。またおそらくは屋外ならではの特権として自然光を活かしたとおぼしき画面も、あざとさがなくとてもシンプルで好ましい。場面や舞台が代わる時、画面は静かに右から左へ流れていく。あたかも写真集をめくるかのようである(または古い絵巻物の展開)。静かな絵に坂本龍一のピアノ曲がよく合っている。イッセイ尾形と宮沢りえの抑制の利いた演技もすばらしく、上品な絵の中にきちんとなじんでいる。

物語のテーマである「孤独」を濃密に感じさせながら、描写はどこまでも淡泊でからりとしている。映画と小説の唯一の違いである結末の変更もまったく違和感がない。どちらがよいというものではなく、どちらも成立する。丁寧に仕立てられた静謐な映画。その仕立ての良さはヒロインの求める上質の衣服のようである。テアトル梅田で鑑賞。

余談:『レキシントンの幽霊』には「めくらやなぎと、眠る女」が収録されている。「蛍」(『蛍・納屋を焼く』新潮文庫、所収)とともにとても気に入っている村上春樹の短編の一つである。ともに「ノルウェイの森」に連なるものであるが、この二つは特別な輝きを放っていると思う。

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コメント

>43210さん
ありがとうございます。ミクシは放置状態(笑)。見に行ったところ、あまりの参加者の多さに圧倒されました。まぁ、ぼちぼちといきます。

投稿: morio | 2005.03.20 00:20

指南などそんなとんでもない。お恥ずかしいです。僕なんぞはこの辺りなど見ながら参考にしております。お好きな方は多いようで。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3996

投稿: 43210 | 2005.03.18 07:35

>43210さん
話の筋を知っているからどうこうという映画でもないので、先に小説をお読みになっても問題はないと思いますよ。
もともと頑固なうどん派ですが、東京ではあまたあるであろう蕎麦名店巡りをしようと考えています。またいろいろと御指南下さい。

投稿: morio | 2005.03.15 03:46

「中国行きのスローボート」も好きです。実は「レキシントンの幽霊」、もう本は用意してるんです。やっぱり原作が先になるか・・・・DVDは絶対に買います!
もう二週間先にはご出立ですかあ・・・・。

投稿: 43210 | 2005.03.14 06:56

>43210さん
残念ながら関西での公開は終了してしまいました。夏頃にはDVDになると思うので、その折にはぜひ御覧になって下さい。きっとお気に召すと思います。ということで、まずは『レキシントンの幽霊』からどうぞ。『蛍・納屋を焼く』や『中国行きのスロウボート』などの初期短編集、どれもいいですよね。

投稿: morio | 2005.03.14 04:10

これ! 観よう観ようと思っていて逃してしまいました! つい先日までやっていたのに! これを観てから原作を読もうと思ってたんです・・・・。「蛍」は僕も好きです。あの短編集全体が好きで、静かに不気味な「納屋を焼く」も大好き。

投稿: 43210 | 2005.03.13 11:12

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