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2005.07.30

星になった少年

This film is based on a true story.

映画が始まる前、スクリーンに文字が浮かんだ。

星になった少年」は1992年に二十歳で夭折した坂本哲夢の象使いとしての半生を描く。脚本は坂本の実母の回想記(『ちび象ランディと星になった少年』、『ゾウが泣いた日』)を原作とする。この種の物語はわかりやすい悲劇と感動を強調しすぎることがもっぱらで、見る側に想像する余地(楽しみと言い換えてもよい)を与えてくれない嫌いがある。これもまたゴールが定まっているジェットコースター・ムービーの一種といえよう。結末がハッピーエンドかどうかはこの際問題ではない。

それでも劇場に足を運んだのは、主人公を柳楽優弥が演じ、その恋人役として蒼井優が出演しているからに他ならない。柳楽にとっては、カンヌを驚かせた「誰も知らない」(是枝裕和監督)での鮮烈なデビューに続く第2作目である。いったいどういう演技をしているのかと興味は尽きないし、加えてその柳楽と共演する蒼井がどう演じているのか。将来を嘱望される二人の映画俳優の佇まいに関心の中心があった。

実在の人物の生活を描くのであるから、印象的なエピソードの積み重ねで物語は構築される。しかし、映画は出来事を時系列に沿って並べることに忙しく、構成とか細部の描き込みに物足りなさが残っているように思えた。特に哲夢の生き方の転機となったタイ留学のことは、もっと時間をかけられてもよいのではないか。ここが物語のクライマックスであるし、同時に悲劇への分水嶺でもある。哲夢の劇的なまでの精神的成長と若きゾウ使いの誕生に重心を置くことで、その後の早すぎる二十歳の死の哀感(もちろんドラマとして)は高まることになるだろう。この映画ではそのあたりのメリハリの付け方や物語の見せ方に一工夫する余地があるのではないか。

気になっていた柳楽と蒼井であるが、もう少し両人の個性を発揮できる脚本の映画が観たいと思った。二人とも悪くはないが、二人でなければならない必然性は感じられない。ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘で鑑賞。

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2005.07.26

森山・石内・エルスケン

■森山大道『BUENOS AIRES』(講談社)
森山大道にとってブエノスアイレスという街は40年来の憧れの地であったという。唐突に思われた両者の結びつきも、あとがきに述べられたこの一言で氷解し、さらに繰り広げられる紛れもない森山調の圧倒的な写真群を見るにつけ、彼らの関係性の必然を見る思いがする。決してラテンアメリカのなんたるかを知る写真集ではない。これもまた過去の書と同様、すぐれて森山大道という写真家の美意識を顕現した一冊であろう。それにしても森山の撮る動物は、どうしてああも人間臭く危険な雰囲気を発散させているのだろう。

■石内都『マザーズ 2000-2005 未来の刻印』(淡交社)
世界最大の規模を誇る国際現代美術展「ヴェネツィア・ビエンナーレ」は今年で51回を数える。この100年を超える歴史を持つ展覧会の、今回の日本館の代表に選ばれたのが石内都である。本書は同展の公式カタログとして出版されたものであり、中核となる「mother's」の他、初期三部作「絶唱・横須賀ストーリー」「アパート」「連夜の街」を収録する。亡くなった実母の遺品を淡々と写す「mother's」では、物言わぬ品々の静かな説得力に心を打たれるし、サイズは小さいとはいえ、幻とされる初期の写真集をまとめて見られるなど、石内の業績を知るにはよい写真集である。笠松美智子とサンドラ・フィリップスの解説も読み応えがある。

■Ed van der Elsken『セーヌ左岸の恋』(エディシオン・トレヴィル)
エルスケンが全盛の頃、かのブレッソンやドアノーよりも評価されていたらしいが、本書はその彼のデビュー作にして最高傑作の誉れ高いものである。ドキュメント写真のように撮られたものを再構成し、そこにオリジナルの虚構の物語を付与するというコンセプトやスタイルは、当時多くの写真家に衝撃を与えたらしい。今となってはそのスタイルは珍しくもなく、さらに付与された物語の陳腐さに、逆にそういうものは取っ払った方がよくはないかとすら思えるところだが、掲載された写真はいずれも今にも動き出しそうな生々しさを持つ。ローライの写真を堪能できる。

写真集を見るのは楽しい。値段の高いのだけがちょっと困りもの。

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2005.07.23

有栖川有栖『マレー鉄道の謎』

西村京太郎と並ぶ当代人気ミステリー作家の著作を、これまで何も読んだことがなかった。それが今になって手に取ったのは、名前が「アリス」だったからということではもちろんない。新幹線に乗り込む前、飛び込んだ駅構内の新刊書専門店でふと目についたのである。くたびれ果てた頭には小難しいものは入りそうもなかったし、帯の「日本推理作家協会賞に輝く大傑作!」というコピーにもちょっとだけ惹かれた。そして「まぁ騙されてやるか」ということで手にしたのであった。

【筋が命のミステリーゆえ内容は割愛】

が、東南アジアを舞台にする連続殺人事件の結末と謎解きまで読んでも、私にはなぜこの殺人事件が起こったのか、さっぱりわからないのである。500 頁を超える長編である。必要なことは十分描いているはずである。でも肝心の部分がよくわからないのだ。殺人のトリックが大味だとか、推理が強引だとか、そういうことも確かに感じた。自分の脳みその衰えを一人静かに自覚するしかなさそうである。もう一度読み返せばわかるかもしれないけれど、そんな時間があったら別の本が読みたいし。結局、釈然としない気分を残したまま本を閉じるしかないのか。

【わからない部分を具体的に書き出すことは、興醒ましで野暮なことになる可能性があるので、これもまた控えることにしたい】

それにしても、なぜ有栖川有栖の作品が人気があるのか、これ一作を読んだだけではこれまたよくわからない。虚構の小説の中に、自分と同じ名前の作中人物を配することは「アリ」かもしれないが、自己顕示欲が強すぎて鼻白む思いがしたし、そもそもその名前にしなければならない必然性も感じられなかった。何でこの名前なのだろう。誰か教えて下さい。m(. .)m (講談社文庫、2005年5月)

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2005.07.22

それはまた別のお話 ローライフレックス編

エルスケンローライコードVaを買ったのが昨年の5月5日。1950年代後半に生み出されたこのカメラは完全な機械式マニュアルカメラで、写真を撮る一連の手続きが儀式のようでもあり、その今風でない面倒臭さがなんとも心地よい。カメラ自体を玩んだり、スクリーンに映る絵を眺めたりするだけでも満足であったし、何より見慣れぬ正方形の写真が新鮮で、数は多くないのものの、機会があれば外に持ち出して自己満足な写真を撮っていた。たとえば、こういうの。

blue sky

二眼を構えると、気分はすっかりエルスケンである(あくまでも気分だけ、パリの街角で撮影した右上のエルスケンのセルフポートレートはあまりにも有名であろう)。そのエルスケンや大好きな川内倫子が使っているローライフレックスはコードの上位に位置するカメラで、高嶺の花として自分には関係のないカメラだと思っていた。いや、思い込もうとしていたのかもしれない :-P

フレオ上京記念にと考えないでもなかったけれど、すぐに必要ない物に大枚をはたくほど余裕もなかったから、バイクフライデーとともに忘れたふりをしていた。それが気がつけばこの有様である。しかしながら、古書と同じで中古品との出会いというのは一期一会である。手に入れたローライフレックス3.5Cとは出会うべくして出会ったのだと思う(ことにする、笑)。物欲を正当化するためには、いつだって理不尽な言い訳があるものなのだ。銀座のカメラ中古市に案内して下さったrinさんと煽りを入れてくれたmi4koさんには、心から感謝したい(しばらく煽らないで下さい)。

ROLLEIFLEX 3.5C type1 (1956-59)
撮影レンズ : Carl Zeiss Planar 75mm/F3.5
ビューレンズ : Heidosmat 75mm/F2.8

ということで、買った日に撮った写真をご披露。以下の写真をクリックすると、Flickr!にジャンプして大きなサイズの写真が表示されます。

2005 july tokyo #4

2005 july tokyo #2

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2005.07.19

真夏の夜の夢のような二日間 後編

■2日目■
フレオ朝から銀座集合(日本にいるのに時差ボケ生活、ちょっと眠い、笑)。銀座のアップルストアでmi4koさん、rinさんと待ち合わせる。まずは林檎の殿堂をお参りする。そこから松坂屋の中古カメラ市に赴く。噂に聞くカメラ市である。嬉しいような怖いような。思ったより客は少ないものの、集まっている人は筋金入りのカメラオタクなのは一目瞭然である。ポラロイドフェアをしているので、SX70がずらりと30台、後継機も含めると50台くらいはあっただろうか。よりどりみどりである。ここだけは若い人で賑わっていた。私も「ほしいかも(若者ことば)」などとあやしく考えながら、ふと後ろを振り返ると、びっくりするような値の付いているローライフレックスがあるではないか! 心臓をどきどきさせながら、同行の二人に相談を持ちかける。煽り上手の二人に相談した時点で押し出しですね(笑)。

それでも頭をいったん冷やすべく昼ご飯を先に食べる。ナイルレストランが長蛇の列だったので、銀座ライオンでビールとスパゲティナポリタンを食する。なんだかいい雰囲気の店でした。そしてアルコールが物欲をさらに加速させることに……。

すっかりビールで気が大きくなり、あっさりローライお買いあげ :-P。rinさんは記念にと皮ケースをプレゼントしてくれた(ありがとうございます、なかなか合うものがないのに、ぴったりなのが見つかった、これもまた縁)。ビックカメラでフィルムを買い込み、浜松町に移動、さらに日の出桟橋から船に乗って浅草へ出た。いしぐろさんから「横浜で花火を見よう」というメールが入っていたが、もう船に乗る直前だったので、こっちに来てもらうことになった。浅草寺周辺を散策しながら写真を撮るも、もはやそんな気分など銀河の果てまで吹き飛ぶほどの酷暑である。逃げ込むように喫茶店に飛び込み、あとはもう完全に尻に根が生えた。rinさんも快調に飲酒 :-)。1時間もだらけていただろうか、いしぐろさんとmokoさんが合流する。

#大阪方面でもミナミで会合が持たれていて、東と西で中継メールが行き交っていた。

まずは食事と、「藪蕎麦 並木」に向かう。うどん派関西人、ついに東京で蕎麦を食す! おいしゅうございました。浅草寺方面に戻る途中、北海道物産を扱う店を冷やかす。そして名物デンキブランを味わうために神谷バーに入る。なんだかすごい人であるが、rinさんによれば、開店時間から行列をなす常連客も多いそうな。お約束のデンキブランはアルコール度数高めで甘い飲み物(リキュール)だった。好き嫌いが分かれる味だと思う。いしぐろさんはぐびぐび飲みながら、向かいに坐るmokoさんやmi4koさんを撮りまくる。横のテーブルの二組のおっさんおばはんの声が五月蠅すぎなことを除けば、楽しく過ごすことができた。

仕上げは金色のうんちが目印のビルまで涼みがてら散歩する。涼しくなって撮影魂が復活したようで、皆思い思いに撮りまくる。名残を惜しみながら、9時半過ぎに解散となった。二日間、ご一緒して下さった皆様、どうもありがとうございました。ミータップを堪能しました。長文お疲れ>自分 :-P。

さてさて妙な縁で手に入れた銀座フレオ(ローライフレックス3.5C)であるが、それはまた別のお話(って、この繋げ方は以前どこかで!?)。

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2005.07.18

真夏の夜の夢のような二日間 前編

ガード下 デンキブラン 夜景

■1日目■
ロンドン在住のyukiさんが2年ぶりに帰国するというので、梅雨明け間近の猛暑の中、大歓迎ミータップが開催された。この日はおりしも銀座松坂屋で中古カメラ市が始まるということもあり、朝一番から集まるという激しくもおもしろおかしい展開であったのだが、残念ながら本業から逃れられず、夕刻からの参加となった。

4時前に有楽町のビックカメラでフィルムを買い(店内にダースベイダー登場)、東京国際フォーラムへ向かう。待ち合わせ場所の店の前で幹事のいしぐろさんにメールを送る。辺りを見回すと、見たことのある人が。しかも見間違えようがない。じんもさんである。横にはhariさんまで。北海道からやってきたmi4koさんやrinさんたちと話をしているうちに、今日の主役のyukiさんも到着。さらに続々と集結する人々、その数およそ20名。いちいち書くのも面倒なことなので、ご想像にお任せします。個人的にはfotolog時代からコメントのやり取りをしていたmarkalさんに会えたことが嬉しかった。ただ一つうらめしかったのは貧しすぎる自分の英会話能力……。大集団は一部の人を除きそのまま有楽町ソフマップ横のオープンカフェに移動する。しきはんさんも黄色い自転車に乗ってご登場。それにしてもなんという面々。なんとなく伝説を見る思いがした。

夜の部は東京国際フォーラム地下の「宝」にて。沖縄料理やお酒に舌鼓を打ちながら歓談する。テーブルの上にはお約束のようにカメラの行列ができている。料理や酒が置けないよ(笑)! あやのさん、HYGさん、mi4koさん(ハスカップジャム、さんきう)、しきはんさんたちと歓談しながら飲む、喰う、飲む、喰う。yukiさんにはお土産にイルフォードのモノクロフィルムをもらった。ありがたき幸せ。あっという間に2時間が過ぎ去る。店の前で集合写真を撮影して次の場所へ。

有楽町のガード下にあるまんぷく食堂に結集する面々。ここも言ってみればオープンカフェ状態なのだが、夕刻に行ったところとはまったく違う :-P。昔懐かしい空間とだけ言っておこう。ここではホッピー飲みまくり。ちょっと薄目 :-)。正面に座ったyukiさんとようやく話ができた。「東京たるび」を読んで下さっているらしくて、「今日の自炊くん」のことで褒められた。嬉しい(単純です)。楽しい歓談も午後11時頃に終了となる。別れ際にnobiさんとリアル名刺交換もできた。マックを使い始めた頃からnobiさんの書く記事を読んでいたのであった。嬉。ミーハーな私。へろへろになりながら午前1時前に帰宅した。

体調不良のyukiさん、どうぞお大事になさって下さい。そして楽しい休暇を! まだまだ続く……。

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2005.07.14

父と暮せば

黒木和雄監督の戦争三部作完結編。

「父と暮せば」公式サイト

第一作「明日」は長崎を舞台とし、被爆前日の市井の人々の生活を捉える。第二作「美しき夏キリシマ」は黒木監督の体験談をベースに、終戦間近の宮崎の中学生を描いた。そしてこの第三作目は井上ひさしの小説を原作とし、原爆投下から三年後の広島での父娘の様子を見せようとする。

原爆から奇跡的に生き延びた美津江(宮沢りえ)は、今は図書館に勤めている。自分だけが生き残ったことを負い目に感じながら、その苦しみとともにひそやかに暮らしているのであった。その美津江の前に原爆のことを調査しているという木下(浅野忠信)が現れた。美津江は木下に惹かれながらも、自分は幸せになってはいけないのだと、ほのかな恋心を押さえつけようとする。そんな時、原爆で亡くなったはずの父、竹造(原田芳雄)の霊が現れた。竹造の企ては美津江の心を開くことができるのか。

「父と暮せば」はタイトルが示すとおり、全編ほぼ宮沢りえと原田芳雄の二人芝居の結構となっている。手練れの二人の芝居は実に安心して見ていられる。しかし、そこがこの映画の弱点に思われてならない。なんだか芝居が上手すぎて、かえって芝居臭いのである。思うにあまりにも上手すぎるために、演技そのものに感心してしまって、肝心の物語すら客観的に眺めてしまっているのかもしれない。

しかしながら、それが映画の価値を損なうということでは、もちろんない。原爆のもたらした悲惨さを、わかりやすい物理的被害(人的または物的)で提示するのではなく、個人の胸の内に秘めた思いや生き方というまさにリアルな感情の部分に投影する手法は、その静けさゆえにより深い印象を残す。美津江の感情の権化として現れる竹造は、つまりは父の姿を借りて顕現する彼女の本音そのものであるが、映画の結末にいたって、戦争によって人生を変えられてしまった多くの人々の心の声として響いてくるだろう。けだし名作といえよう。

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2005.07.10

新しい「がんばっていきまっしょい」

長く版元在庫切れになっていた敷村良子の『がんばっていきまっしょい』(マガジンハウス、1996年)が、フジテレビ系の同名ドラマの放送開始に合わせて幻冬舎から文庫となって発売された。松山市主催第4回坊ちゃん文学賞受賞作を手軽に読めるようになったことをまずは喜びたい。

しかし、この文庫版はオリジナルに大幅な加筆修正がなされている。文庫版あとがきには「こんなことを書いたのかと赤くなったり青くなったりしながら、私はめいっぱい赤字を入れた」とある。映画だけでなく、オリジナル小説も幾度となく読み返した者にとっては、にわかにどちらがよいとは言いがたい。いや、すっきりと整理した分、オリジナルの持つ青臭い勢いや淀みがなくなってしまったように思われるのだ。特に結末の悦ネエと関野ブーの関係の描き方は、断然オリジナルがよいと思うのだけれど。これではなんとも淡泊で盛り上がらないから、派手さやわかりやすい感動を嗜好するテレビでは変更するではないだろうか。

そのテレビ版。これまた映画版を深く愛する者には、何とも違和感の残る代物になっていた。もちろん同じでなければならない理由はどこにもない。ただ映画版で描こうとしていた「理由なき不機嫌な思春期」という要素(そこが最大の魅力だろう)がまったくなくなっており、単に「脳天気で無責任にポジティブな高校生の物語」というそこらへんにいくらでも転がっているようなドラマになっている。一言でいうなら、既視感を覚える安物臭い学園もの……。

鈴木杏の演じる篠村悦子は、田中麗奈のそれとは異なり、あまりにも「天然」で「朗らか」、そして「機嫌がよすぎる」。ものを考えている素振りがほとんど見えないから、人物が薄っぺらで奥行きがない。関野ブーもジャニーズ事務所所属の歌手が演じているが、これもカッコつけすぎでいけすかない。すべては脚本のなせる業だろうが、「何か違うよなぁ」と思いながら最後までその違和感を拭い去ることができなかった。さらに原作のモデル校(夏目漱石の赴任校、正岡子規、高浜虚子、大江健三郎や伊丹十三らの母校、愛媛屈指の進学校)にありえないであろうアナクロなヤンキー軍団や低レベルの付和雷同組の存在にも萎えてしまう。もちろん今後どのような展開になるのかは、見てみないとわからない。

一方、映画版へのオマージュはあちこちに散りばめてあり、その点はにんまりとさせられた。伝説のクルーの「集合写真」、試験に手も足も出ない「達磨落書き事件」、艇庫での「靴下汚れ」、箒を使っての「キャッチ&ロー」、そして「一艇ありて一人なし」の文言……。今のところはそのあたりの楽しみしかないというのは言い過ぎか。せっかくだからもうしばらくはつきあうことにするつもりである。なお9月21日には映画版のコレクターズ・エディションDVDが発売になるらしい。こちらには大いに期待する。

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2005.07.09

エキスポ70

大阪千里丘陵の万国博記念公園を取り囲む形で走る外周道路には、中央環状線と中国自動車道を跨ぐための橋が二つ架けられている。東側が進歩橋、西側が調和橋という名をそれぞれ持つ。この名前が1970年に開催された日本万国博覧会のテーマ「人類の進歩と調和」から取られたのはいうまでもない。今から35年前、二つの橋から見える風景はやがて来る未来そのものであったはずである。

■「公式長編記録映画 日本万国博」(谷口千吉監督、1971年)
公開当時、圧倒的な興行記録を打ち立てたという伝説のドキュメンタリー映画がDVDになった。1970年の日本万国博覧会の準備から閉幕後までを3時間にまとめている。あくまでも記録映画なので、過剰な演出やあざといドラマはなく、淡々と時間軸に沿ってこの万博の姿を描き出そうとする。あれほどの国家的規模の巨大プロジェクトでありながら、意外にも素朴な手作り感覚に溢れていることが何とも微笑ましく思われた。いずれにしても思い出や記憶との相互作用の度合いによって、感動の質や深さも変わってこよう。そういう意味では見る人を選ぶ映画である。

■『EXPO'70 驚愕!日本万国博覧会のすべて』(ダイヤモンド社)
こちらは写真と文章で日本万国博覧会を回顧する。特に建築物に焦点を当てている。大阪万博最大にして最高の建築物は、岡本太郎の「太陽の塔」であろう。しかし、この書をつらつらと眺めていると、この塔に勝るとも劣らない個性的な造形が目白押しであったことに気付かされる。その多くは記憶の片隅に確かに残っており、これらが総合プロデューサー丹下健三以下、国内外で活躍する著名な建築家や美術家の手になることを知って、改めてこの万博の凄さに驚かされるのである。大阪万博で実験的に提示された前衛的な建築手法やデザインは、その後、世界各地で実用化されているという。

半年間で延べ6500万人もの人を集めた世紀の一大イベントの跡地には、深い緑をなす自然公園と当時の面影をかろうじて残す遊園地、そして永久保存が決まっている太陽の塔が静かに残されているだけである。太陽の塔の背後の池ではイサム・ノグチの巨大な噴水の脇を親子連れやカップルのボートが楽しげに行き交っている。この日常と非日常が交錯するシュールな風景こそが「人類の進歩と調和」の35年後の未来なのであった。

#イサム・ノグチといえば、「CASA BRUTUS EXTRA ISSUE イサム・ノグチ」というムックも見ていて楽しかった。また斬新なエキスポタワー(2003年に解体)を手がけた菊竹清訓は愛知万博の総合プロデューサーを務めている。

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2005.07.07

モーターサイクル・ダイアリーズ

さまざまな映画賞を獲得した世評の高い映画である。革命家チェ・ゲバラの若き日の南米旅行を描いている。思想的な部分の描写は最低限に抑え、南米から中米への若者の旅をロードムービーとして見せる。

チェ・ゲバラという固有名を意識してみた場合、物語の濃度はかなり薄いものに感じられる(念のために言い添えておくと、退屈なだけの南米観光映画でないことは確かである)。1万キロに及ぶ旅を2時間の枠に押し込めるわけだから、それも致し方ないとは思うが、これはゲバラの思想を産み育てたという重要な大冒険なのである。問題の根の深い部分に行く前にあっさりと次の土地へ移動するかのような印象を受けるのはいかがなものか。その淡泊さは好みの分かれるところであろう。

もちろん映画自体は若者の旅につきものの波瀾万丈のエピソードが盛り沢山で、飽きることがない。アンデスでの共産主義労働者との出会いや、アマゾン川の隔離医療施設での出来事などは、多くのことを考えさせられるだろう。それだけにこうしたとりわけ印象深いエピソードはもっと掘り下げて見せてほしかったと思うのである。こんなことを思わされるのも、結局は主人公が伝説的な存在であるゲバラゆえのことかもしれない。神秘的な存在の正体を知りたがるのはいけないことか……。

無垢な主人公が幾多の試練を乗り越えて成長するという冒険物の王道を行く佳作である。南米を感じさせる色がとても美しい。

公式サイト

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2005.07.02

目の前にあるかのごとく

最近の出版物の印刷クオリティの高さにはほんとうに驚かされる。もちろんコスト優先のものはその限りにあらずだが、美術書や写真集、またデザイン系の書籍の美しさには、目を見張らされることが多い。しかし、どれほどよくできた美術書であっても、書籍の大きさという物理的な制約を受けている以上、本物だけが持つ迫力と繊細さまでは、残念ながら感じ取ることはできない。いくら望んでも小市民的生活を送る私には、幅9メートルの「最後の晩餐」を自宅に持ち込むことはできないのであった。

結城昌子『原寸美術館』(小学館)はこうした願いに応える、今までありそうでなかった美術書である。すなわち、綺羅、星のごとき西洋名画のハイライト部分を原寸大で収録しているのである。ページを繰るごとに画家のものした生々しい一筆一筆が眼前に展開する喜びを感じることができる。むろん画家は絵の全体で何かを表現しているはずであるし、そうした鑑賞を前提に作品は描かれている。それは否定できない。しかし、それはそれとして、画家の手元が目の前にあるのはなんだか愉快ではないか。美術館でも作品に鼻先をつけるところまでは近寄ることはできないのだから。あの人やこの人の雑な塗り方に「自分にもできそう」なんて不遜なことを考えたりもできるのだった。:-P

美しいといえば、三好和義の『RAKUEN』(小学館)もすばらしかった。木村伊兵衛写真賞を受けたこの作もまた目を悦ばせてくれる一冊である。もともと小綺麗なだけの写真にはあまり興味はなかったのであるが、5月に川崎市市民ミュージアムで開催された木村伊兵衛賞受賞者の作品展で、三好のオリジナルプリントを見て、すっかりノックアウトされてしまった。鮮やかな色彩といえば蜷川実花のことが思い起こされるけれど、蜷川の人工的なそれとは違う強烈な自然の色(撮影地はセイシェルとモルディブ)を堪能することができる。

同じ場所で針穴写真を撮ったらどうなるのだろう。「南の島で針穴、いつかは」と暑さで少し鈍った頭で夢想する。

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2005.07.01

インストール

綿谷りさは学業に専念しているのか、芥川賞受賞後に作品を発表していない。その姿勢をとやかくいうものではない。人それぞれにしたいことやしなければならないことがあるのだ。ただ出版社は「出せば売れるのに」と歯噛みをしているに違いない。

映画「インストール」は綿谷のデビュー作(文藝賞受賞作品)を原作とするものである。主演は上戸彩。私は彼女の演技に何も感じないのだが、テレビや映画にコンスタントに出演しているところを見ると、それなりに人気があるのだろう(「エースをねらえ!」(テレビ朝日系)は楽しく見ていた)。この作品でも日々の生活に飽き飽きしている女子高生を違和感なく見せている。一方、朝子(上戸)のパートナーとなる小学生かずよしは、神木隆之介が演じている。今の日本映画界で、こましゃくれた小学生をやらせたら、神木以上の子役はいないだろう。あまりの巧さが鼻につくほどである。子役時代の安達祐実みたい(違うか)。

原作は読んでいないので、あくまでも映画の脚本に対して感じたことを述べておく。立ちゆかなくなった状況に対して、やり直しを感じさせる「リセット」ではなく、何かを組み込むことで新しいエネルギーを得ようとする「インストール」であるのは、物語の内容を示唆するものとして象徴的に響く。普通の女子高生の生活を送ってきた朝子が、小学生から依頼された代理風俗嬢としてエロ・チャットの世界に没入するアルバイトは、確かに新しい活力を得るという行為となっており、「インストール」というタイトルのありようがうかがえる。もっともこの設定自体はきっと綿谷りさのものだろう。うまいのも当然か。

しかし、その「インストール」の果ての未知の世界の描写が退屈である。思わせぶりな絵が続くばかりで、物語がどこにも広がっていかないのだ。そして空疎な内容を埋めるために、上戸のモノローグが延々と続く。このモノローグはきっと小説でこそ生きているのではないかと、映画を観ながらそういうことを思っていた。正直に言って、これで90分はつらい。朗読劇として開き直れるほど上戸の独白に魅力がないのがどうにも惜しまれる。

キムタクのパソコンCMではないが、「ちっちゃいなぁ、オレ」とつぶやいているような「ちっちゃい映画」である。あまりお勧めしない:-P

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