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2005.07.01

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綿谷りさは学業に専念しているのか、芥川賞受賞後に作品を発表していない。その姿勢をとやかくいうものではない。人それぞれにしたいことやしなければならないことがあるのだ。ただ出版社は「出せば売れるのに」と歯噛みをしているに違いない。

映画「インストール」は綿谷のデビュー作(文藝賞受賞作品)を原作とするものである。主演は上戸彩。私は彼女の演技に何も感じないのだが、テレビや映画にコンスタントに出演しているところを見ると、それなりに人気があるのだろう(「エースをねらえ!」(テレビ朝日系)は楽しく見ていた)。この作品でも日々の生活に飽き飽きしている女子高生を違和感なく見せている。一方、朝子(上戸)のパートナーとなる小学生かずよしは、神木隆之介が演じている。今の日本映画界で、こましゃくれた小学生をやらせたら、神木以上の子役はいないだろう。あまりの巧さが鼻につくほどである。子役時代の安達祐実みたい(違うか)。

原作は読んでいないので、あくまでも映画の脚本に対して感じたことを述べておく。立ちゆかなくなった状況に対して、やり直しを感じさせる「リセット」ではなく、何かを組み込むことで新しいエネルギーを得ようとする「インストール」であるのは、物語の内容を示唆するものとして象徴的に響く。普通の女子高生の生活を送ってきた朝子が、小学生から依頼された代理風俗嬢としてエロ・チャットの世界に没入するアルバイトは、確かに新しい活力を得るという行為となっており、「インストール」というタイトルのありようがうかがえる。もっともこの設定自体はきっと綿谷りさのものだろう。うまいのも当然か。

しかし、その「インストール」の果ての未知の世界の描写が退屈である。思わせぶりな絵が続くばかりで、物語がどこにも広がっていかないのだ。そして空疎な内容を埋めるために、上戸のモノローグが延々と続く。このモノローグはきっと小説でこそ生きているのではないかと、映画を観ながらそういうことを思っていた。正直に言って、これで90分はつらい。朗読劇として開き直れるほど上戸の独白に魅力がないのがどうにも惜しまれる。

キムタクのパソコンCMではないが、「ちっちゃいなぁ、オレ」とつぶやいているような「ちっちゃい映画」である。あまりお勧めしない:-P

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