« 切手を集めたことがありますか | トップページ | 容疑者 室井慎次 »

2005.09.08

朱川湊人『花まんま』

路地という場所はどこか郷愁を誘うもので、散歩写真をよくする人たちは好んで被写体として撮影している。fotologやflickr、さらには写真系、自転車系のブログなどをつらつらと眺めていると、その種の路地裏写真はいくらでも見つけることができる。切り口がいろいろあって見ていて楽しい。

もっとも路地を一種の異世界のものとして捉えている写真を見ていると、時に疑問に思われるものも少なくない。自己の中にあるステレオタイプとしての路地を確認しているだけのものは、新たな発見や驚きや楽しみがなくてつまらない。そうしたその場所の生活を顧みない、上澄みだけを掬い取るようなものには、何よりそこに生活している人々への敬意がなくて不愉快にすら思われる。路地は部外者を楽しませるためのテーマパークではない。物珍しさやノスタルジーの対象としてのみ見ることはしまいと、これは自分自身への戒めとしたい。

さて朱川湊人の『花まんま』は今期の直木賞を受賞した作品である。

現代の神話または都市伝説の舞台として路地を捉え、そこに確かに存在するかのように思われる不思議な出来事を描く。収められている六編はどれもずしりと重みを感じさせる生活感とリアリティを醸し出している。いずれもが大阪を舞台としているだけに、そして自分自身が長く下町に住んでいたため、よけい臭いや音や空気感といったものがすぐそこにあるように思われた。巻頭に置かれた在日朝鮮人の幼い男の子と日本人の少年の交流を描く「トカビの夜」や、伯父の死をめぐってのドタバタ劇を描く「摩訶不思議」などは、大阪という町があって初めて成り立つような話で、もうそれだけで懐かしくて楽しくて哀しくてしびれた。「妖精生物」の隠微さ(小学校の近くであやしいものを売っているおじさん!)や、表題作「花まんま」の切なさなど、テンポのよい大阪のことばとともに、するりするりと体に滑り込んできた。

拠ん所ない事情でその地を去ることのできない人々が懸命に生きている、生活の場としての路地。それを濃密に味わわせてくれた。(文藝春秋、2005年)

|

« 切手を集めたことがありますか | トップページ | 容疑者 室井慎次 »

コメント

>鉄人ママさん
生まれ育った場所を舞台にしているというだけで、この小説への入り込み方が違いました。朱川の大阪もの、これからも期待したいです。

投稿: morio | 2005.10.19 01:06

花まんま」私も昨日記事にしました。トラバさせていただきます。「花まんま」の舞台になる町の町名がわかります。
(想像だけど、多分あってると思います。)あと朱川さんのサイン見れます。よろしくお願いします。

投稿: 鉄人ママ | 2005.10.18 12:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/5426626

この記事へのトラックバック一覧です: 朱川湊人『花まんま』:

» 花まんま [鉄人ママの社長ブログ]
今日は写真付です。理由は最後。 [続きを読む]

受信: 2005.10.18 12:09

« 切手を集めたことがありますか | トップページ | 容疑者 室井慎次 »