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2005.10.24

綿矢りさ『インストール』

インストール長々としたモノローグと奇を衒った映像(と主演アイドル)に頼った映画「インストール」は、最年少芥川賞作家綿矢りさのデビュー作を原作としていた。映画を観たときにはまだ小説を読んでいなかったのだが、単行本から4年が経ち、ようやく文庫本として登場した。

受験勉強からドロップアウトした女子高生朝子と小学生のかずよしがコンビを組み、風俗チャットのアルバイトで新しい世界を覗き見るという、有り体にいえばマスコミが喜んで飛びつきそうな今時の十代の物語ではあるが、この小説はそうした描かれた内容で耳目を集めようというものではなかった。素直にそこに広がる作家の日本語に感服した。無論欠点をいくつもあげつらうことは可能であろう。しかし、そうすることの無益さを思い知らされるほどの妙なるものがここにはあると思った。

物語はほぼ全編が朝子のモノローグによって紡ぎ出されていく。映画はそれをそのまま枠組みとして利用しようとしたため、観客は上戸彩のあまり上手くない退屈な朗読をひたすら聞かされることになってしまった。ところが、小説では右へ左へと揺れる息の長い文章が朝子の心理の揺蕩いや定まらぬ視線をそのまま形象化したように見える。綿矢りさのフラフラする文章、侮りがたし。「インストール」はそうした片々たる感情や視線の積み重ねの総体としてそこにある。解説の高橋源一郎が「完璧!」「快感!」と有頂天になってしまっているのはどうかと思うが、今はよしとしておこう。

二日酔いの気分で起き上がり汗ばんだ髪の間から前を覗くとちょうど夕暮れで、ぎらぎら煮えたぎって揺れ落ちる地獄の落陽が、部屋を有害な蜜色に染め上げていた。またその照らされた部屋の汚さがホラーで、参考書の山や湿った汗臭い服、緑の網タイツに二日前のお好み焼き、プラス何故買ったのかイギリスの国旗、の転がった奇怪な阿片窟、私はゴミに囲まれたまま呆然とした。(中略)さらに外から、豆腐屋のプー…プー…というやるせない笛の音色が段々近づいてくるのが聞こえてますます歯がゆく、弱り、このまま私、廃人になってしまうのではないかと本気で怯えた。しかし私は大掃除、という愉快な企画をふっと思いついたのでなんとか救われた。単なる掃除だけじゃ物足りない、全部捨ててやろうと、ただ単純労働を求めてうずうずしている体のために巨大な本棚を部屋から運び出す。破天荒なり。

長々と引用していたら町田康を思い出した……。

第38回文藝賞発表

併録の書き下ろし短編「You can keep it.」が実は綿矢の芥川賞受賞第一作である。大学生活を書き残したくて書いたという小説らしい。最悪を回避するための方策が最悪を招き、それでも最悪と最悪のズレがかすかな幸せをもたらすという、なんともいろいろな場所に連れて行かれる小説であった。(河出文庫、2005年10月)

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コメント

>Wind Calmさん
やはり神憑りでしょうか!? 改行や句読点の使い方まで含めて、自分の書く日本語にものすごく自覚的だと思いました。文庫本になった「インストール」もぜひ読んでみてください。ガツンと来ますよ。

投稿: morio | 2005.10.26 01:00

 最近、「蹴りたい背中」を読みました。ストーリー的にはあれだけの話を、あれほどの作品に仕上げているのには参りました。ストーリー派(バカ)の私でも認めざるを得ない「文学」ですね。
 自分には書けないなあと思いました。芥川賞受賞作なのだから当然なのですが、それにしても、ハタチの女の子の書く文章が書けない自分・・・

投稿: Wind Calm | 2005.10.24 19:15

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» 綿矢りさ→三並夏 [お気楽極楽スクリプト]
今さらかもしれませんが、読んでみました。「インストール」と「蹴りたい背中」。いちおう、断っておくと、りさタン萌え~な [続きを読む]

受信: 2005.10.29 14:47

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