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2005.10.26

せかいのおわり

風間志織監督の「せかいのおわり」で初めての東京ミニシアター体験となった。お昼過ぎからの「5時間歌舞伎鑑賞耐久レース@国立劇場」を乗り越え、渋谷に着いたのが6時過ぎ。とりあえずチケットを確保しなければとシネ・アミューズに急ぐ。

初渋谷。

人多すぎ。街の流れを感じることができず(たんに知らないだけ)、迷いそうになる。なんとか東急百貨店を探し当てて、道を挟んで向かいにある目的地に到着した。東急では大大阪博覧会なるイベントが開催中で、そこには通天閣のビリケンが史上初めて出張中であった。こんなところで巡り会うなんて奇遇である(入場していないけど)。ともあれ開場45分前に手に入れた整理券番号は1番だった。

盆栽ショップの店長である三沢(長塚圭史)とそこで働く慎之介(渋川清彦)。その店に慎之介の幼なじみであるはる子(中村麻美)が彼氏と別れて転がり込んできた。奇妙な共同生活を始めることになった三人。慎之介ははる子が気になりながらもナンパを繰り返し、はる子ははる子で慎之介の思いを玩ぶかのように知らないふりをしている。三沢はそんな二人を見守りながら、慎之介に愛情を抱いている。彼ら三人の感情と生活の行方はいかに……。

男から女へ、女から男へ、そして男から男へ。愛情のベクトルは向き合わず、つねにそれは一方通行のものとして立ち現れる。「冬の河童」や「火星のカノン」と同じように、「せかいのおわり」でも複数の男女の少しもの哀しくて、見ようによっては喜劇的でもある感情のすれ違いが展開されている。しかしながら、そのすれ違いは決して不毛ではないと映画は語っているようだ。微妙にずれる人間関係は、あたかも螺旋階段を昇っていくかのように進行する。そしていつも同じ風景しか見えないと思っていても、実は一段の高みへと確実に歩を進めている。その妙味。深刻さと緩さの匙加減がほどよい。

世界の終わりの喩としての「落とし穴」は、確かに閉塞感や絶望感に包まれてはいるものの、落ちたものは皆等しく光の来る方向の見つめるという、決定的に希望に満ちあふれた場所でもあった。だからこそラストシーンにおいて、落とし穴という「せかいのおわり」で同じ空を見つめるはる子と慎之介の視線に、少し幸せなものを感じて救われる思いがするのだろう。私にとっての風間作品のベスト。

全編がデジタルビデオカメラによる撮影。シネ・アミューズのような劇場で観る限り、画質がどうこういうものはなかった。パンフレットには資金難をぼやく文章(いや、達観か)も綴られていたが、私は次の風間作品も心待ちにしている。

せかいのおわり 公式サイト

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