文字の美
シャープのワープロ専用機「書院」を買ったのはもう二十年も前のことになる。初めて手にした電脳機器である。まだ漢字もJIS第1水準くらいしかまともに表示することができないのに(第2水準は別にフロッピーを差し込んで表示させる)、今ならアップルのPowerBook G4が軽く買えるほどの値が付いていた。大枚をはたいたのは、どうにもならない悪筆から逃れるためである。もともと文章を書くことは嫌いではないが、肝心の自分の書く非芸術的な字はあまり好きではない。大量にテキストをものす必要もあったので、効率化と見栄えのために思い切ったのであった。
それゆえ美しい肉筆の文字には大いなる憧れといくばくかの妬みがある。
出光美術館で開催中の「平安の仮名 鎌倉の仮名」は、従来、文字史や書道史の観点から論じられることの多かったひらがなを、「和歌を記す文字」として捉え直そうという試みの展覧会である。古今和歌集成立から1100年、新古今和歌集から800年の記念すべき年にちなむ企画としては出色のものであろう。国宝2点「歌仙歌合」(伝藤原行成、久保惣記念美術館蔵、ただしこれは展示期間終了)、「見努世友」(出光美術館蔵)を含む平安時代から鎌倉時代までの古筆名筆を集成した展覧会は、見る悦びに溢れたものであった。ほの暗い中で見る流麗かつ優美な書体は、伝統的な文学を盛り込む器として、時には和歌以上の存在感を持って紙上に輝きを放っていた。図録の出来も秀逸。
さて、溜め込んでいた日本の美についての書を二つばかり。まず榊原悟『日本絵画の見方』(角川書店)は、広くわが国で人気を博す西洋絵画に比べて、一部の好事家のものになっているとおぼしい日本の絵についてわかりやすく解説した鑑賞手引書である。制作事情をはじめ、画材、表装、落款、画賛などの絵の要素と、掛幅・絵巻・屏風・襖絵などの画面のありようなどから、真贋や来歴、制作意図などを解く。もう一冊は高階秀爾『日本の美を語る』(青土社)。こちらは『日本の美学』に掲載された日本人の美意識についての対談を集めた書である。対談者は秋山虔、磯崎新、今道友信、大岡信、大橋良介、河合隼雄、河竹登志夫、小島孝之、佐野みどり、田中優子、芳賀徹、橋本典子、丸谷才一、山口昌男と、日本の各界を代表する豪華なラインナップである。 「見立て」「尽くし」「間」「笑い」「水」「橋と象徴」など多彩なテーマが語られている。高邁良質な知に圧倒される。
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