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2005.12.18

美しき破壊者たち

高橋尚子がシドニーオリンピックで金メダルを獲った後、旧HP(今も存在はしている)でこんなことを書いた

高橋尚子が最強の名を証明するかのような強いレースで金メダルを獲った。世界最高タイムこそ刻めはしなかったが、考え得る実力者すべてを切り捨てての優勝は、実に見事なものであると思う。彼女のレースは競り合いや駆け引きとは遠いところにあり、自分のためのタイムトライアル、いわば「レースを破壊する」ところに最大の魅力がある。
現在の高橋の力が数年前の状態から遠いものであることは否めない。しかし、かつては競技を競技でなくすほど、光をすべて自分一人のものにしてしまうような存在であったのは確かである。優劣や価値を問うつもりは毛頭ないが、野口みずきのアテネでの優勝と高橋尚子のシドニーや東京国際での優勝、野口のレース運びと高橋のレース運び、観る人を巻き込み幸せな気持ちにさせるのははたしてどちらか。
他者の光をすべて消し去り、何もかも自分一人のものにしてしまう存在
この種の才能は持って生まれた資質としかいいようがない。今年無敗の三冠を達成した競走馬ディープインパクトもそういう存在であろう。彼がスパートした瞬間、すべての馬は人々の脳裏から消え去る(常にスタートから独走し、そのまま競ることもなくゴールしてしまうサイレンススズカという稀代の快足馬もまた同じ。98年秋の天皇賞で後続を十数馬身引き離して独走中に骨折し安楽死処分となった)。彼らは競技の本質を破壊し、自らがいかに輝くか、どういう勝ち方をするのか、それだけが問題となる。他者の印象は太陽にかき消された星のごとく儚い。

おそらくフィギュアスケートの新星、浅田真央も「選ばれしもの」であるのは間違いないだろう。層の厚くなった日本女子フィギュア界にあっても「綺羅星のごとく」という状態には決してならない。それが浅田以後の世界である。あるオンリーワンが真の意味で唯一無二となった時、他のオンリーワンたちはその他大勢に成り下がる。

美しき破壊者たちにはライバルも名勝負もない。とてつもない爽快感があるばかりである。私は圧倒的な才能に憧れ、彼らによってもたらされる甘美な世界にただ酔いしれる。その幸福感たるや(ああ、多大なる偏愛と偏見をもって)。

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コメント

>きまた
その哀しい気持ちはビンビンと伝わってきました。伊藤みどりにしたら、同門の可愛い後輩だから、誰よりも思い入れが強いのでしょう。
今週末の全日本では姉妹揃って注目されるのは避けられないこと。いろいろな見方ができそうな大会です。ああ、楽しみ〜。

投稿: morio | 2005.12.20 02:43

「まお」という名前に弱いのです。(愛猫と同じ名前だから w)
いつだったか、昔 伊藤みどりが着ていた衣装をリメイクしたモノを着ている
真央ちゃんを見たコトがるのだが(それを着ている伊藤みどりを覚えていたのだが)
物凄く悲しい気持ちになったものだ。(理由は聞かないで下さい)
そして解説しながら、「真央ちゃんカワイイ」を連呼する伊藤みどりを思うと
更に悲しい気持ちになるのだ。(理由は聞かないで下さい)

素人が観ていても、他の選手との違いが歴然なのだから、
真央ちゃんの姉のコトを思うと…

ちょっとネガティブな月曜日の午後。

投稿: きまた | 2005.12.19 12:07

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