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2006.01.07

脳内在庫整理

そもそも読んだ本だの見た映画だののことを書き始めたのは、備忘録として残しておきたいと思ったからで、読後の印象が薄れきってしまうほど時間の経ったものまでリストとして溜めてしまっては意味がない。すっかり長大になったエントリー予告編のあれこれ。ちょっとだけ片付けてみる。

■香山リカ『いまどきの常識』
「反戦・平和は野暮」「すべて自己責任」「現実に理想をすり合わせよう」「お金は万能」など、近頃の世間の常識を俎上に載せ、現在の日本社会に起きている息苦しい変化について言及する。きれいごとが役に立たなくなってきたと憂う香山は、いまどきの常識が真の幸福な社会を実現に導くのかどうかを問いかける。賛同できるものもあれば、そうでないものもある。我々とて、一度は立ち止まってそれらについてきちんと考えてみる必要があるのではないか。(岩波新書、2005年9月)

■湯本香樹実『西日の町』
第一作『夏の庭』でも取り上げた子供と老人の間柄を描く。母と少年は「西日の町」に流れ着き、そこで母の父であるてこじいと同居を始める。ホームレス同然のてこじい、夫の失踪後、自らも不倫の渦中にある母。「沈み行く西日」の人生を送る大人を見ながら、生きていくことへの勇気を知る少年の決断が清々しく哀しい。湯本は会話の運びが本当に上手いと思う。(文春文庫、2005年10月)

■川上弘美『龍宮』
もともと異界のものを「当たり前」のように描くことを得意としていた川上弘美。近年は日常生活に根ざしたリアル路線(といってよいのか)の正統的な小説を量産している。この『龍宮』は初期の『神様』や『蛇を踏む』『椰子椰子』を思い起こさせる、ちょっと不思議なものとの交歓を描く短編集である。川上の筆が冴えていると思った。自分の場所に戻ってきて、安心して書いているように感じる。(文春文庫、2005年9月)

■朱川湊人『白い部屋で月の歌を』
川上とはまた違った形で異界と現実の交流を描く作家だが、ファンタジックな川上ワールドに対し、朱川のそれはおどろおどろしい雰囲気に満ちている。ほとんどスプラッター&ホラーで、この手の描写が苦手な人間には辛いところがある(私だ……)。『花まんま』は同じく異界ものといってもそうした趣はまったくなかった。ああ、だからこそ直木賞受賞なのか。(角川ホラー文庫、2003年11月)

■嶽本野ばら『下妻物語 完』
前作は嶽本野ばらの作品の中でも一般受けする内容だった。事実、深田恭子と土屋アンナを主演とする映画の評判もたいへんよく、近年の邦画の中でも出色の出来であったのは記憶に新しいところである。そしてその続編が雑誌「きらら」に連載された後、一書として刊行された。副題に「ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件」とあるように、これはミステリーである。ただ事件の真相を解き明かす楽しみより、自らの型にはまりすぎた桃子とイチゴが前作より窮屈に感じた。(小学館、2005年7月)

まだたくさん残ってる。半年以上も前に読み終わったのもある。もう忘れかけてたりして……。

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