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2006.01.06

村上春樹『意味がなければスイングはない』

意味がなければスイングはない村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』(講談社、1979年)が大学卒業後に開いたジャズの店の営業終了後に書き溜められたものだということは、彼のファンの間ではよく知られた事実である。高校から大学にかけて、「書物を読み、音楽を聴くことが」生活のほとんどすべてであったと語る村上の小説には、食事とともに音楽の話題がしばしば登場する。作家と作品が同次元で連続したものであるという幻想を抱くほどに無邪気ではないが、村上の小説と食事、音楽が分かちがたく結びついている事実は、神の啓示以上の必然性があったとひとまずは言えるだろう。

いささか古い資料ではあるが、1991年4月に出版された「村上春樹ブック」(「文学界」臨時増刊)には「ミュージック・ミュージック・ミュージック」と題されたページがあり、村上の小説(「風の歌を聴け」から「TVピープル」まで)に現れる音楽すべてが拾い上げられている。その量と幅広さにはただ圧倒されるばかりである。小説の中には音楽にひっかけた警句もふんだんに散りばめられており、村上の音楽への尋常ならざる造詣の深さをうかがうことができる。

みんな同じような本を読んで、みんな同じような言葉ふりまわして、ジョン・コルトレーン聴いたり、パゾリーニの映画見たりして感動してるのよ。そういうのが革命なの?(『ノルウェイの森』)

意味がなければスイングはない』は「もう二度と、音楽を仕事の領域に持ち込みたくない」(あとがき)と考えていた村上が、「一人の職業的文筆家として(中略)音楽についてそろそろ真剣に、腰を据えて語るべきではないか」と考えて著したものである。ジャズはもとよりクラシック、ロック、ポップスから日本の歌謡曲まで、俎上に載せられる音楽は多様である。全十章あり、どれも原稿用紙で五十枚から六十枚になるほどのかさがある。評論ではないので、論理より経験と感性が優先される。しかし、それゆえに読者は村上春樹の内なる音楽と彼の小説との関連性を知ることになるだろう。

ところで、村上は「ウォークマンで『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のテープを百二十回くらいくりかえして聴きながらこの小説を書きつづけた」と大ベストセラー『ノルウェイの森』のあとがきで書いているけれど、どうして「ラバー・ソウル」じゃなかったのか?(文藝春秋、2005年11月)

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コメント

>う
いかに村上春樹がアメリカで人気があるといっても、それはちょっと難しいのでは。カーヴァーに訳してもらうには、自分(って誰?)があの世に行くか、彼に蘇ってもらうしかない。いっそ自らポ語訳にチャレンジしてみるとか。

投稿: morio | 2006.01.07 23:18

この作品英訳していただけないかと
レイモンド・カーヴァーに頼んでもらえませんか。
外国人にも読ませたいんで。

駄作になったりして。

投稿: う | 2006.01.06 12:48

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