« 卒業式の歌 | トップページ | かもめ食堂 »

2006.03.20

動物本三昧 その2

ネコココ承前

■國司華子『ネコココ』(求龍堂、2006年3月)
新進の日本画家による猫画集である。滋味深い岩絵具や墨、金箔銀箔を使って描かれた猫は、どれも生命感に溢れた魅力的な表情をしている。これは日々猫と生活をともにし、心から猫を愛していないと描けない絵であろう。抽象化された猫は誰の猫でもないがゆえに、私のあの猫に容易になりうる。所々差し挟まれたプロ(高山宏)の手になる写真はありきたりでつまらない。これはなくてもよかった。

■笙野頼子『愛別外猫雑記』(河出文庫、2005年12月)
猫が特別好きというわけではないのに、気がついたら家が猫だらけになり、あげく都心から郊外に引っ越しを余儀なくされた芥川賞作家。身勝手な理由で無責任に放置された猫のことで怒り、動物を飼うことに理解のない近隣住民と争い、そして家内の猫の起こす騒動に疲れ果てる。ここに書かれるのは「猫かわいや」の感情ではなく、まったき「闘い」の記録である。猫を飼うことの過酷な現実に、生ぬるい猫本を期待していた私は打ちのめされた。内容も文章もひたすら濃密である。

動物園にできること■川端裕人『動物園にできること』(文春文庫、2006年3月)
動物園の存在意義はどういうところにあるのか。そのことを考えるために動物園の先進国といわれるアメリカで丹念に取材を行ったルポルタージュである。現在の動物園は、かつての「見せ物小屋」として娯楽施設から、「種の保存」と「環境教育」のための研究センターへと徐々に性格を変えてきているという。もちろん旧態依然とした設備、意識のままの動物園もいまだ多いが、「動物園完全撤廃」を訴える環境保護原理主義者さえもが舌を巻くようなところもできているらしい。未来の動物園が「ノアの箱船」になるかどうかはさておき、世界の動物園を生態系ネットワークの一部と捉え直し、本来の生息地保護と繁殖まで視野に入れた活動には、考えさせられる点が多い。新しい飼育と展示の手法である「エンリッチメント」と「ランドスケープ・イマージョン」に関する記述を読み、旭山動物園のことがただちに思い起こされた。動物園ファンはぜひ。

■B・ラウファー『キリン伝来考』(ハヤカワ文庫、2005年12月)
キリンは一般家庭で飼えるらしい。飼えるものならぜひ飼ってみたい。でもどう考えても無理である。本を読み写真を眺めることで満足するしかない。本書は、古来、キリンがどのように人類に受容、享受されてきたのか、その歴史を記述するものである。現在はアフリカに限定されているキリンも、かつてはヨーロッパやアジアにわたって広汎に生息していたらしい。各地の人々はこの異形の生物を特別な存在と見なし、さまざまな絵や文様で記録を残そうとしている。原書はいささか古い(1928年)ので、ここに書かれていることは現在の目から再検討されるべきであろうが、ひとわたりの知見を得ることはできる。博覧強記の見本のような一冊。

|

« 卒業式の歌 | トップページ | かもめ食堂 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/9161572

この記事へのトラックバック一覧です: 動物本三昧 その2:

« 卒業式の歌 | トップページ | かもめ食堂 »