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2006.04.07

さよならみどりちゃん

浦沢直樹の「PLUTO」第3巻(小学館)を読み、その勢いで普段は買わない「ビッグコミックオリジナル」を新幹線の車中の友として購った。ちょうど「PLUTO」が掲載された号であったからだ。手塚治虫の原作「地上最大のロボット」と比べると、まだまだ中盤に差し掛かったあたりという感じであるが、現代の世界情勢およびそこから導かれるであろう近未来をうまく漫画に取り込み、さらには社会批評の精神をも盛り込んで、ずしりとした重みを感じさせる。荒唐無稽でありながら良質のリアリズムに貫かれたこの作品が、どのように原作と折り合いをつけ美しい着地を見せてくれるのか。「あの結末」までまだまだ楽しませてもらえそうである。

さて「PLUTO」目当てで買った「ビッグコミックオリジナル」には、西岸良平の「三丁目の夕日」も掲載されていた。昨年、CGを駆使し実写映画化された漫画である。これが実につまらない。単に昭和30年代の生活をカタログ的に登場させるだけで、何の工夫もないのだ。そもそも一編の物語として構築する意欲や想像力が作者にあるのかどうかすらあやしい。この生温い漫画を原作とした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」について、井筒和幸監督が「綺麗な夕日を見せるだけで『あの頃はよかった』などといってる場合か。それで日本の過去を語ったつもりになるな」という趣旨の発言をしていたが、まったく同感である。「東京がわかる300冊! 散歩の達人MOOK」(交通新聞社、2006年1月)誌上での生粋の東京人による対談の中でも、「非東京生活者による空想の東京」の胡散臭さと馬鹿らしさを指摘していたことも思い起こされる。6月にはDVDとなって発売されるらしいが、それ以上のことは「見てから」言うことにする。

前置きが長くなった。映画「さよならみどりちゃん」は南Q太の同名漫画を原作とする(やっとつながった)。監督は「ロボコン」の古厩智之。彼女のいる男を好きになったOLのやるせない片思いを描く。古厩監督は「IQの低い男女の恋愛」をイメージして映像化したらしいが、それはひとまず成功していると思った。しかし、映画そのもののIQも低く見えるのはいかがなものか。主人公のユウコの心理をじっくりと掘り下げるようなところがないため、表面的なドタバタ劇に終始しているように見えるのである。「ラブコメだから」と言ってしまえばそれまでか。主演の星野真里の存在感はなかなかのものであった。彼女の濡れ場シーンには、きっと公開時に「体当たりの演技」などというキャッチフレーズが踊ったのだろうな。西島秀俊、松尾敏伸、岩佐真悠子らも持ち味をよく発揮していた。

悪くはないけれど、志の高さのようなものはない映画だった。長澤まさみを初主演に抜擢した「ロボコン」の方が、娯楽作品としてよくできていたと思う。

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    星野真里初主演のこの作品ですが、フランス・ナントで2005年11月22日から29日まで開催された第27回ナント3大陸映画祭で、主演の星野真里さんが主演女優賞を受賞し、作品も準グランプリに当たる銀の気球賞を受賞し、ダブル受賞を達成するという秀作です。    ... [続きを読む]

受信: 2006.04.09 15:49

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