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2006.04.02

斎藤美奈子『あほらし屋の鐘が鳴る』

かもめ食堂快哉を叫んだり、冷や汗をかいたり。

斎藤美奈子の書いたものを読むと、世の欺瞞を暴く楽しみに満ちているが、時としてそれは自分自身に向かって鋭い刃を突き立ててくる。

思えば昨夏の『誤読日記』(朝日新聞社)も、「本は誤読してなんぼです」という覚悟のもと、200もの新刊書を一刀両断に切り捨てていた。そこにあるのは「確固たる評価軸としての私」である。逃げも隠れもしないという潔さがあるから、たとえ斎藤の主張に異論があっても、「なるほど、それもそうだ」と思わせる説得力があるのだ。

『あほらし屋の鐘が鳴る』(文春文庫、2006年3月)は、昨今の笑うに笑えない社会現象を俎上に載せ、切って切って切りまくる。前半部の「おじさんマインドの研究」と銘打つ章がメインとなる。ここで斎藤が切るのは、主に「おじさん」と呼ばれる中年以上の男性諸氏の勘違いの数々で、たとえば藤原伊織『テロリストのパラソル』ではハードボイルドとは男性用ハーレクインロマンスであると断じ、「権力と闘う俺様」にウットリしていた全共闘世代の夢想っぷりと小市民的性質を指弾する。他にも徳大寺有恒的クルマ人生ダンディズムや、「もののけ姫」における宮崎駿の底の浅い学際的妄想、はたまた的外れな若者のファッション批判をするあの人この人などが、次々と小気味よく切り捨てられていくのである。「わはは」と笑いながら、「いや、いかん」などと思ってしまうところが困ったところである。

この書の後半は『誤読日記』の手法で女性誌を評価する。題して「女性誌探検隊」。こちらもすごい。女性誌のありようから日本の女性についての社会評論になっているのだ。女性誌そのものに接する機会はほとんどないが、膝を打つことたびたびで、ぜひとも実物を手にしてみたいと思わされた。よきにつけあしきにつけ、それを読みたいと思わせるのだから、書評としては極めて上等なものだろう。

安野モヨコ『美人画報ハイパー』(講談社文庫、2006年1月)も小気味よい一冊。美というのはきわめて主観的相対的なものであるが、ただひたすらある価値観に基づいて探求を続ける迫力に引き込まれる。本来は男性を読者として想定していない書であろうが、「未知の裏舞台」を知るのに読んでみるのも悪くないと思う。正しいとか正しくないとか、好きとか嫌いとかは別にして。

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» no title 19 [のーたいとる庵]
no title 17にて ’ダダっ子はもう流行らない’と言ったが それには裏づけがあるんだ。 斉藤美奈子さんという文芸評論家をご存知か? すごいぞ、この人。いい毒論だ。 毒もまわれば薬になるってやつだよ。 参考BLOG  http://morio0101.air-nifty.com/kataru/2006/04/post_8d9d.html http://d.hatena.ne.jp/saenishi/20050817 「あほらし屋の鐘が鳴る」という文春文庫出版... [続きを読む]

受信: 2006.04.06 21:06

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