« 小森陽一『村上春樹論』 | トップページ | 雪に願うこと »

2006.06.03

国語国文学を巡るあれやこれや

「学問界の斜陽産業」の代表のように思われている国語国文学関連の学会に、皇太子が出席したというニュースがあった。皇族をそんなところに引っ張り出すのは、さぞかしたいへんだったろうなと別の意味で心配になる。閑話休題。年々減っていく受験者数に苦戦する国語国文学の世界も、こと出版ということになると、意外なまでの活況を呈している。

■山口仲美『日本語の歴史』(岩波新書、2006年5月)
上代から近代までの日本語の歴史を、各時代で注目すべきトピックに焦点を当てて解説する。日本語の歴史を論じる書は、おおかた時代をおって文字・音声・文法・語彙などをまんべんなく記述するのであるが、総花的で飽きてくるのがたいていである。その点、何が大切かを明確に知らせてくれるこの書き方は、一点豪華主義ではないが、なんとなくとてもいいことをしっかり知ったような気になる。専門的な知識がなくてもすんなり飲み込めるであろう。気になるのは、いつもの山口流の「軽すぎる語り口」と「はしょりすぎる論の展開」か。

■鈴木日出男『高校生のための古文キーワード100』(ちくま新書、2006年5月)
大学受験用に「でる単」とか「豆単」を持っていたなぁ。懐かしい。ありていにいえば、この書はその古文版である。鈴木氏によって「厳選された」100の古語を、有名作品の例文を紹介しながら解説する。語釈は机上版の小型辞書とさほど変わらないが、語誌や表現価値(ニュアンス)を解説する部分は興味深く読める。新書というサイズの制約のためか、量的に食い足りない嫌いがある。語の選択基準が明らかでないので、本当に高校生に役立つかどうかはよくわからない。

■鈴木健一『知ってる古文の知らない魅力』(講談社現代新書、2006年5月)
あまたの古典文学を貫く共有の感覚、影響または連鎖の関係を論じる。鈴木氏は本書でそれを「古典文学における共同性」と呼ぶ。この「共同性」があるがゆえに、過去との往還や同時代のつながりが強固なものとなって存在し続けるのだという。確かに枕草子の「春は曙」が清少納言個人による画期的な発見だとは誰も思っていないだろうけど。各作品の個性の彼方に透けて見える大きなもの(それこそが文化であり、歴史であろう)に気付くことができるかも。あくまでも「かも」。

■坪内稔典『季語集』(岩波新書、2006年4月)
地球温暖化が進めば、日本はやがて亜熱帯になって明確な四季を失うのだろうか。ああ、つまらないことを言っています、私。和歌や俳諧に欠かせない季節を感じさせることばは、古くからこの国に住む人の生活と深い関係を取り結んでいる。関心を持つ人も多いため、季語にまつわる書は枚挙に暇がないほどである。この本には「バレンタインデー」や「サーフボード」などの新しい季語を伝統的なものに交えて掲載する。坪内氏の視点による歳時記エッセイである。パラパラめくって好きなところを読むのが楽しい。

若い人に日本語日本文学を学ぶブームは来ないのかしら。その前に実利主義一辺倒の風潮をなんとかしないといけないか。

|

« 小森陽一『村上春樹論』 | トップページ | 雪に願うこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11234/10383057

この記事へのトラックバック一覧です: 国語国文学を巡るあれやこれや:

« 小森陽一『村上春樹論』 | トップページ | 雪に願うこと »