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2006.06.04

雪に願うこと

雪に願うこと北海道にしかない競馬がある。ばんえい競馬である。旭川、帯広、岩見沢、北見を巡回するこの競馬は、もともと農耕馬として使われていた体重1トンほどの巨躯を誇る馬が、ぬかるんだ障害付きの馬場を橇を引きながら豪快に走るものである。一般の平地競馬で見られるサラブレッドが500キロ前後であるから、 彼らがいかに大きな馬であるかがよく知れよう。その迫力たるや。第十八回東京国際映画祭でグランプリに輝いた根岸吉太郎監督の「雪に願うこと」は、このばんえい競馬を舞台にした映画である。

東京でビジネスに失敗し、かつて捨て去ったはずの故郷に戻るしかなくなった若者(伊勢谷友介)が、兄(佐藤浩市)の経営するばんえい競馬の厩舎で仕事をすることになる。映画は若者が自分自身に向き合って次に進むべき道を見つけるまでを描く。こうまとめてしまうと、よくある成長物語のように思われるが、実際に筋立てとしては極めて古典的な作りで、取り立ててどうこういうものはない。それでも最後まで飽きずに見させるのは、ひとえにばんえい競馬と冬の北海道に圧倒的な魅力があるからである。

そのあたりに転がしておけと思われるようなメロドラマでも、競走馬の巨体から立ち上る湯気や吐く息の白さ、剛健な筋肉、さらに万物を赤く染める朝日や広大な雪原が象徴的に映し出されてくることで、なんだかかけがえのない物語を見せられているような気がしてくるのだ。これではまったく褒めているように聞こえないかもしれないが、しかし、この映画の真価はそこにこそあると思うのである。けだし自然に人事を象徴させる手法は日本の古典文学以来の伝統である。だからまるで走らないけれど懸命に生きている鈍馬に、自らの生き方を重ねる主人公の陳腐な思考回路も許したくなる。兄弟の絆とか家族の暖かさとか、そういう道徳臭いのもいつもなら鼻につくのだが、この際どうでもいい。すべてがより大きなものによって生かされている。昨今流行の「泣ける」という単純な思考回路で見るべきではない。佐藤浩市は泥臭い役がよく似合う。伊勢谷友介も変にキレた現代風青年をやるより、ずっとよかった。また小泉今日子が中年のおばさん役を演じているのは見物だった。

ばんえい競馬に史上初の女性調教師が誕生したことを報じていたのは、記憶に新しいところである。次に北海道に行った折には、ぜひともばんえい競馬を見てみたい。それにしても根岸監督の代表作である「遠雷」を見たのは、もうずいぶん前のことだなぁ。調べてみたら1981年だった……。動物園前シネ・フェスタで鑑賞。

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コメント

>t@shiさん
ブログ、拝見しました。きめ細かな観察と丁寧な文章で、大雑把なまとめ方をしたこちらが恥ずかしくなりました。またよろしくお願いいたします。

投稿: morio | 2006.06.07 00:58

TBさせていただきました。

投稿: t@shi | 2006.06.05 23:54

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 なかなか劇場で映画を観るという機会も少ないのですが、雨の銀座へ、根岸吉太郎監督 [続きを読む]

受信: 2006.06.05 23:52

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