卒業式の歌
娘の卒業式に出席した。ひな壇は使わず、卒業生も教員も保護者も体育館の同じフロアで式に参加するスタイルだ。今時はこんなふうになっているのね。粛々と進む式を見ながら、ひそかに目頭を熱くするのであった(笑)。ところが、その感傷的な気分をぶち壊したのは、彼らの合唱した歌だった。
#毎年、ニュースを騒がせる「君が代」ではありません。ちなみにこの歌はプログラムの最初に巧妙に組み込まれていた。
スマップの「トライアングル」、そしてコブクロの「桜」。「あぁぁぁ〜」という感じである。「トライアングル」の道徳臭さ、胡散臭さは昨年末の紅白絡みの話(@東京たるび)で述べたので蒸し返すことはしない。国民的アイドルが次に目指すのはオピニオンリーダーなのか。多くの人が抵抗できない「道徳」を感動的に歌い上げる姿に、どうしようもなく「偽善」を感じる。これを小学生が歌うのである。一気に感激も萎えた……。さらに追い打ちをかけるようにコブクロである。まず猫も杓子もという感じの「桜」ソングに飽き飽きするし、なによりこの人達独特の「無責任なポジティブシンキング」にあふれているのがいやらしい。「がんばっていればいつかいいことがある」なんてことを言われても、「嘘つけ!」としか言いようがない。私は悲観主義者ではなく、どちらかといえば楽観主義過ぎるくらいであるが、それでも「がんばっていればいつか〜」なんてことを軽々と人に言うことは憚られる。それくらいのデリカシーは持っているつもりだ。
#「明けない夜はない」とか「やまない雨はない」とか「出口のないトンネルはない」等ということばもノーサンキューです。その最中の人間にとっては何の慰めにもならないから。
#少し前のベストセラー、上大岡トメ『キッパリ! たった5分で自分を変える方法』(幻冬舎)も好きじゃないです。
#そもそも「名もない花には名前を付けましょう この世に一つしかない」で始まるこの歌は、スマップの「世界に一つだけの花」と何がどう違うのか。
#「桜」を題材にする歌の流行はいつまで続くのだろうか。完全に「クリスマス」「卒業式」に続く第三の定番になった感あり。同工異曲でつまらない。
ともあれ、この二つの曲を卒業式で歌わせるところに、学校教育の何たるかが透けて見えるように思われる。娘にはよけいな話はせず、歌詞の内容を自分なりによく考えてみるようにとだけ言った。「うちの父ちゃん、また変なことを言ってるな」ときっと思ったはず。それもいたしかたなし。
#上記の人たちに含むところはありません。あくまでも楽曲や著作の内容そのものを問題としています。念のため。
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自宅で使っているiMacの内蔵80GBハードディスクがほぼ満杯になった。原因は仕事のやりすぎではなく、音楽データと写真データの増殖のためである(恥)。持っているCDやレンタルしてきたものを次々と取り込んでは、iTunesで流して喜んでいる。また写真もすべてフィルムスキャナで取り込みデジタルデータ化し溜め込んでいる。こんなことをしていては、どんなに大きなハードディスクを使っていてもお手上げである。ここ数ヶ月は新しいフィルムを読み込んでは、トコロテン式に古い写真データをCDに焼く繰り返しで、なんだか面倒なことになっていた。しかし、もうちまちまやるのは耐えられない。
音楽が好きとか好きでないとか、そういうことを考えもしなかった時期にオルガンを習っていた。幼稚園の頃である。あまり熱心に練習することもなく、小学校に上がったら自然に止めてしまった。その後は長く楽器演奏からは離れていた。せいぜい学校の音楽の授業で習うハーモニカやリコーダーを手にするくらいである。
最初に勤めた職場では同僚とまたしてもくだらないバンド(キーボードで参加)を組んでいた。その一方、クラシック音楽と深くつきあうようになり、自分でも弾いてみたいと思い出す。本当はバイオリンやチェロに憧れていたのだが、さすがに今さらという感じがして、クラリネットに手を出した。初心者が使うにはどうなのよというほどの値がしたが、独身社会人の物欲(&財力)の前には我慢ということばは存在しない。演奏の腕前についてはノーコメント……。クラリネットは一人でこっそり楽しむ。
少し思い出話をすることをお許し願いたい。
以来、クライバーに関わるものは何でも手当たり次第揃えていった。幸か不幸か、クライバーのレパートリーは極端に限られており、しかも商業ベースに乗るものも極めて少ない。正規盤CDはもとより海賊盤、映像関係の類にまで手を広げても、破産に追い込まれることはなかった(笑)。演奏そのものも素晴らしいが、ほとんど舞踏とでも形容すべきクライバーの優美でしなやかな指揮姿は必見である。1994年秋にウィーンフィルとともに来日したカルロス・クライバーの指揮姿を、今から思えば何としてでも観ておくべきであった。
カルロス・クライバーの訃報に接したその日の夕刻、
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